ベイビー クライ


ぼんやりと風の流れを眺めながら、帰ろうかな、と、思った矢先。


「、あれ」


本来透明である風に、本当に寒色系の色が付いたように見えた。

沿道に植えられた、まだ開かないつぼみが遅い春を待ちわびて、ホッと白い息を吐いたかのよう。
その濁った風を目で辿ってゆくと、淡い火の光が灯っている。

寒色系の風の正体は、煙草のけむり。
幻想的なその紫煙は、ガードレールに置かれた誰かの右手からのぼっている。

夜になる前の暗がりのせいで、顔まではよく見えない。
目を凝らすとタイミング良く、ガードレールのすぐ後ろを通過したバスのヘッドライトが、辺りを明るく見せた。


「――っ!」


……先生?
煙草を吸うときは、左手、じゃ、なかったでしたっけ?


『気ぃ緩む時つい左の癖がでるのかも』


気が張っている証拠、ですか――?


すぐに先生の元に、紫煙に包まれた空気に駆け出したい衝動を堪えて、カバンを取りに部屋に戻る。

熱唱している芽衣ちゃんに、先に帰ると伝えたら引き留められたけれど、あたしは謝ってカラオケ店を後にした。