「厚木のじゃないのか?」
 そう言いながら絵柄を確認すると、そのカップは巨大なくまの顔が描かれたカップだった。
 全員が謎のカップを見つめていると、突然生徒会室のドアが開き、
「どうしたお前ら、真剣な顔をして?」
「あっ、厚木先生、このカップ誰のだか知りません? ここに一緒に置いてあったんですよね」
 夏美がそのカップを持ち上げ厚木に見せるが、
「さあ、知らないなあ。ここの生徒会はお前たち四人だけだから、お前らが知らないってのなら、卒業した奴らが置いていったんじゃないのか?」
「先生、俺たちって最初から四人でした? なんかもう一人いたような気がするんですけど」
 俺の言葉に厚木は「おかしな事を言うな」的な顔で、
「お前たち以外に誰がいるってんだ。南校生徒会は発足からずっと四人だったじゃないか。どうした? 疲れてるのか? そうなら早めに帰った方がいいぞ」
 と言い残し、部屋を出ていった。
厚木のでもないとすると一体誰のだ? まあ、とてもじゃないが厚木がこんなファンシーなカップを使うはずがないがな。はて、じゃあ、これは?
「この絵柄からして持ち主は女の子だね。普通男はこういうのは使わないよ」
 福居の言葉に俺たちはそのカップを見つめていた。
巨大なくまの顔が描かれたカップか、たしかにこんなのは女の子だけだなと考えていると断片的だがその時の会話が頭をよぎった。


 何の変哲もない日、生徒会室のドアを開け、いつもの会長席に座ると、これまたいつものようにポット脇の戸棚から俺のマイカップを取り出し手際よくコーヒーを入れ、
「会長ぉ、コーヒーですぅ」
 と言って俺の前にはやわらかい湯気の立ちのぼるカップが置かれた。
「ありがとな、美由」
 簡単なお礼を言い、コーヒーを一口すすると生徒会室を見渡した……。


「……み……ゆ? …………あっ!」
 俺の言葉と同時くらいだった、全員が一斉に顔を上げ、顔を見合わせた。
「そっ、そうだわ! 美由よ! 何で美由を忘れてたの!」
 夏美は驚愕の表情で口を開けっぱなしで全員を見つめているが、そうだ、美由だ。舌ったらずでビビリ屋だけど、ここ一番って時には誰よりも頼りになる美由だ。ちくしょう、なんで忘れていたんだ。いつも一緒にいた仲間なのに……そこで、俺は向こうの世界の記憶がはっきりと、文字通り靄が一瞬のうちに晴れたかのように思い出した。
 美由は最後の晩、俺たちの世界の住人ではないので一緒に帰れないって言っていた。それで俺たちはこっちの世界に来たら美由の記憶は消去されるはずだったんだ。
「ちょっ、どういう事? よりにもよって美由の事を忘れちゃうなんて……」
 夏美は俺の方を見つめているらしいが、それどころではない。絶対に忘れないって約束したのに忘れちまってる。最低だよな美由、俺って。
「会長! 何か知ってるの! ねえ! 知ってたら教えなさいよ!」
 おれのボケ面で何か感づいたのか、夏美が眉間にシワを寄せ険しい顔でネクタイを締め上げてくる。
 俺は、全員に最後の夜にあった出来事を話した。美由は向こうの世界から帰って来ないってことを。
「なんでその時教えなかったのよ! バカ会長! なんで……なんで美由だけ帰ってこれないなんて……美由も生徒会の一員でしょ! 何でよ!」
 力のない拳で俺の胸を叩く夏美だが、言葉の最後の方は嗚咽が混じり聞き取ることができなかった。
「それは美由さんが望んだ事なのかい?」
 腕を組み、何か考えこんでいた福居がポツリと漏らした。
「そうだ、みんなが最後まで笑っていられるようにって、帰れない事を黙っていてくれと頼まれたんだ。みんなにはすまないと思ってる。でも、これは俺と美由の約束だったんだ」
「それでも、ひとことくらい言っても良かったんじゃないの! これじゃあ、さよならも言えないよ!」
 両目の端に涙を浮かべながら夏美が叱責する。確かにそうだ。こいつらからしてみれば最後の挨拶もせずにお別れになっちまったんだ。今になって思うが、全員に話していてもよかったかもしれない。
「みゆりん、もう会えないのにゃあ、寂しいにゃあ」
 さやかは夏美にしがみつき、大声で泣き始めた。