その違和感は連休中常につきまとっていた。山本とゲーセンに行った時も、風呂に入っているときも、何かを忘れてしまった感覚があった。だがそれが何だかわからない。考えても出てこない。そんな喪失感を抱えたまま連休が明け、俺は超田園風景をいやいや堪能しながら学校の校門をくぐるのであった。
 言うまでもないが、授業中も考えるのは宛ての無い探し物の事だけ、ヒントも地図ももらわず砂漠の中から小石を見つけるかのようにただ漠然としているだけだった。
 授業が終わり、生徒会室へと急ぐと、生徒会室には全員が集合しており、俺は「よう」と声をかけ、会長席に座り全員を見渡した。だが、全員が一斉に沈黙で、皆が皆、考え事をしているかのように俯いたままであった。
「どうしたんだ? 今日はみんな暗いな? もしかして、あっちの世界の時差ぼけがまだ解消できないとか?」
 とりあえず明るく振舞ってみるが、全員からの返答は溜息のみだった。
「相変わらずアホねえ、空気読みなさいよ。まったく」
 夏美は俺をひと睨みすると再び視線を床に落としてしまった。もしかして、この前夏美が言っていた無くしたものが未だにみつからないのか? それにしても福居とさやかもってのはおかしいだろ? だがまあ、ここは空気を読んでおとなしくしてるか。
 暫くは沈黙が支配した時間が流れるが、福居がポツリと口を開いた。
「会長も感じているんだろ? この違和感を」
「違和感?」
「そう、こちらの世界に帰ってきてから、何かをなくしたような焦燥感さ」
「焦燥感か、そうだな、俺は違和感の方が強いな、なにか、いままであったものが急になくなった感じだよ」
「やっぱりそうか、と言うことは、こちらの世界に帰ってきた四人全員が何かを感じているってことになるね」
「さやかもなのか?」
 俺はさやかに視線を移す。いつもはぎゃあぎゃあと騒ぎ、そういう感覚とは無縁と思っていたのだが、さやかも「そうにゃあ」と言って同様に俯いたままであった。
「全員が同じ事を思うなんて普通じゃないわね。一体なんなのかしら」
 夏美の言葉に再び沈黙が流れた。

「考えても仕方ない、コーヒーでも飲もうぜ」
 全員が暗い顔なんて俺たちらしくない。とりあえず乾いた喉を潤そうとポットに向かったが、
「あれ? 俺のコーヒーカップってどこにあるんだっけ?」
 ポットの周囲にはコーヒーカップは見当たらず、ただインスタントコーヒーやミルクが置いてあるだけだった。
「いつも飲んでたんじゃないの? まったく」
 と言って、夏美が俺の横に立つが、
「あれ? 本当にないわね。カップどこかしら?」
 首を傾げ、カップを探す夏美。
「いつも自分で入れないから場所がわからないにゃあ」
 さやかの言葉に一瞬脳裏をよぎった光景があった。そういえば、いつも俺は席に座わるとコーヒーが自動的に目の前に置かれたような……。隣を見ると、夏美も何かを思い出したかのように壁を見つめたままだった。
「そうよね、私たちはコーヒーを入れたことなかったよよね、じゃ、誰が? さやかだっけ?」
「ちがうにゃあ」
 子どものように首をぶんぶん振るさやか。夏美は福居に視線を移すと、
「僕でもありません」
 全員が再び沈黙に落ちてしまった。この違和感は一体何なんだ。誰が俺たちのコーヒーを入れてたって言うんだ?
「誰かいたはずよね。コーヒーを入れてくれてた人」
 夏美はインスタントコーヒーのビンを見つけながらポツリと漏らす。
「そうだな。いつも、俺が席に着くと……」
 そう言いかけて、俺はある事を思い出した。いつも俺が席に座ると、
「会長ぉ、コーヒーですぅ」
 舌ったらずな声の主が俺の前にコーヒーを置いていた気がする。くそっ、誰なんだ? さらに思い出そうとするが、頭の中が靄に包まれている感じでぼやけている。
「とにかくカップを探すにゃあ」
 と言ってさやかは棚を物色しだし、ポットのすぐ脇の戸棚を開けたところで、
「あっ、あったにゃあ、会長、カップがあったにゃあ」
「そうか、じゃあ、とりあえずコーヒーでも入れるとするか」
 夏美からインスタントコーヒーを受け取り、ビンの蓋を開けようとしていると、
「にゃ? なんで五個あるにゃあ?」
 さやかの素っ頓狂な言葉にお盆を見ると、確かに五つカップが鎮座していた。
「これは私のよねえ、これは会長の、で、これがさやかでしょ、こっちは福居くんよねえ」
 夏美は端からカップを確認し出しており、最後のカップで止まってしまった。