なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

「で……でも、これは叶わない夢なんですよぉ。すみません、会長。泣いたら少しスッキリしましたぁ」
 胸から離れ、再び笑顔を見せる美由。俺はどうしたらいいのかわからず言葉を発せられないでいた。ちきしょう、一体どうすりゃいいんだ? こんな時、優柔不断な自分にものすごく腹が立つ。
「ですからぁ、会長、この事はみなさんには内緒でお願いしますぅ。皆さんも何も知らずに帰って、そのまま私の存在を忘れてしまえば悲しい思いをすることもないですからぁ」
「……美由の気持ちはわかった。約束するよ」
 それしか言いようがない。美由の真剣な気持ちに答えるには俺がしっかりしないと。
「さすが会長ですぅ。会長、最後のご挨拶を」
 そう言って美由は右手を差し出し、俺もそれに答え固く握手を交わした。
「しかし……本当にそれしか手段がないのか? 一緒に帰る手立てはやっぱりないのかねえ?」
「ふふふ、さっきも言った通り、それが規定事項なのですぅ。これは変えられません。変えられるとすれば……神様だけかもしれませんね」
 そう言って、口元に手を沿え、ウインクすると美由は入口に向かい歩きだした。俺はそれ以上なんと声をかけていいのか分からず、ただ立ち尽くして美由の背中を見送ることしかできなかった。


 美由……それってすごく悲しい事だぞ。

 
「みなさんともお別れです。本当にありがとうございました」
 翌朝、タケシはいつも通りの笑顔で全員に握手を求めた。
「あなた方のことは一生忘れません。ありがとうごさいました」
 キョウは今日も涙を浮かべている。
「こちらこそ、ありがとうございました。食事も美味しかったし、レシピも聞いちゃったしね」
 夏美はキョウに笑顔を見せながら手を握っていた。
「さよならにゃあ、またあいたいにゃあ。ぐすっ」
 つられてさやかは涙を見せている。
「こちらの生活もなかなか快適でしたけど、やはり元の世界が恋しいね」
 福居も心なしか寂しそうだ。
 他の連中は和やかにこちらの世界との別れを惜しんでいるが、とてもじゃないが俺はそんな気にはなれない。夕べの美由との約束により、生徒会メンバーには美由のことは話していない。元の世界に戻ると同時に忘れてしまうなんて、やりきれない思いだ。
「あれっ、美由は?」
 周囲を見渡し首を捻りながら夏美が呟くと、
「美由はこちらの世界でやり残した事がありまして、後ほど帰ると言っていました」
 タケシは夏美を見つめながら微笑み、俺の方を向いて小さく頷いた。やはり美由が戻らないのを知っているようだな。
「そう、じゃあ早く戻って来るように言っといてね。今度の休みにショッピングに行く約束してるのよ」
 夏美の言葉に胸がチクリと痛む。くそっ、言ってしまいたい。美由は戻らなくて、俺達の記憶から消えるんだ、と。でも、ここは抑えなくちゃな。せっかく決心した美由の気持ちを台無しにしてしまうからな。

 俺たちはあの部屋に立っていた。初めてこちらの世界に来た時いた小さな部屋。そして、第三の世界に行った部屋でもある。
「それでは、準備はよろしいでしょうか? お別れです」
 タケシはパソコンのスイッチを入れると背を向けて歩き出した。
「タケシ!」
俺の呼びかけに虚を付かれた様に振り返るタケシ。
「いろいろありがとうな。あいつにもお礼を言っておいてくれよ、絶対に忘れないってな」
 親指をぐっと立てタケシを見つめると、数秒の沈黙の後、タケシは笑顔で、
「わかりました。確かに伝えますよ。こんなやさしい友人に囲まれて、彼女は幸せものですね」
「ちょっと会長、あいつって誰の事? まさか、こっちの世界で仲良くなった女の子とかいるわけ?」
 夏美がアヒル口で睨みをきかせていた。
「いやあ、何のことかな? 気のせいだろ?」
「そんな訳ないじゃない! 白状しなさい! どこの女!」
 バカ力で俺の首を絞めにかかるが、殺す気か!
「まあまあ、夫婦喧嘩は元の世界に戻ってからってことで」
 福居は俺達二人の肩を叩きながら苦笑していた。
「なんだと!」
「何でよ」
 夏美と声が被ってしまった。夏美は顔を赤らめているが、俺も赤くなっているのか?
「にゃはは、会長もなっちゃんもおかしいにゃあ」
 涙を浮かべるほどさやかは莞爾な笑顔を見せていた。
 いつもの光景だ、南校生徒会の。ただ、美由がいないだけで、こからはこれが俺達の標準になっちまうのか。
 俺は改めてタケシに視線を移し、
「いろいろありがとう、元気でな」
「お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございました。会長、みなさんもお元気で」
 そう言うと、タケシとキョウは最後まで笑顔を絶やさず手を振って部屋を出て行った。