なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

 その日の夜は全員疲れていたのだろう。十時前には寝てしまったようだ。
 俺は一人中庭で星を眺めている。人工太陽は七年ぶりに消灯し、今は満天の星空が広がっていた。塵の層が全ての不純物を吹き飛ばしてくれたのであろう、真冬並に澄んだ星空だぜ。学校帰りによく見ていたはずなのに、何故か懐かしい気分だ。ここに来て六日、星も本当の太陽も見てなかったから当然かな。
「隣、いいですかぁ?」
 突然の声に軽いデジャビュを感じながら振り向くとそこには美由が立っていた。
「ああ、いいぞ」
 おれは、英国紳士気取りでベンチを空けるとベンチに腰を下ろした美由は、
「会長、本当にありがとうございましたぁ」
 頭を下げ、再び上げた美由は笑顔全開であった。
「まあ、みんな無事だったしな、いいってことよ」
「私のせいで、皆さんを巻き込んでしまって、本当に何と言っていいか」
「おいおい、美由のせいじゃないだろ? 俺たちがここに来る事は決まっていた事だってタケシも言っていたじゃないか」
「そうですけど……でもやはり私が導いた訳ですし……」
「美由が気にすることはない。規定事項ってことは前から決まっていたことだろうし、それに従ったまでだよ。俺たちの歩いていたレールがここにたどり着いていたってだけだしな。それに、あんまり言うと怒るぞ」
「すみません。やっぱり会長は優しいですぅ」
 そう言って再び笑顔になる美由。
「しかし、本当に元の世界に帰れないのか?」
 たしか、俺が最初に刺された日に美由は一緒には戻れない的な事を言っていたような気がする。
「はいぃ、この前も言いましたが私の任務は皆さんをこちらの世界に導くことですぅ。それが終了した今、私があちらの世界に存在する理由がありません」
 美由は寂しそうな目で俺を見つめた。
「どうにかならないのか? ここでお別れだなんて寂しすぎるぞ、夏美だって、いやいや、俺を含めてさやかも福居も悲しむに決まっているし、美由が一緒に帰れるように俺がタケシに直談判してやろうか?」
「ダメですよぉ、私が戻らないのも規定事項なんですぅ。今からは変えられません」
 立ち上がろうとした俺を制するように腕を引き、真剣な表情で、
「会長、その事でお話があります」
 さらにまっすぐな目で俺を見つめ、
「私が元の世界に戻らない事を皆さんには最後まで内緒にしておいてほしいんですぅ」
「どうして?」
「南校生徒会の皆さんにはいつまでも笑っていて欲しいのですぅ。私なんかの事で悲しい思いはしてほしくないですぅ」
「そんな事言ったって、むこうの世界に帰った時に美由がいなければみんな悲しむだろ?」
「そんな事はないですぅ。アンゴルの力によりみなさんをお戻しする時に私の記憶は無かったことにされてしまいますので」
「はっ? 無かった事に……って、美由の存在をか?」
「先程も言った通り、私はあちらの世界では本来存在しないバグのようなものなのです。ですから、バグが消える際には、存在した事すらも消去しなくてはいけないのですぅ。でないとツジツマが合わない事になってしまいますからぁ」
 美由は立ち上がり、手を体の後で組みながら数歩歩き振り返って答えた。
「ちょっと待て、それって俺たちの記憶から美由がいなくなっていまうってことか?」
「そうですぅ。向こうの世界に戻ったら、会長を始め、クラスメイトや先生の記憶からは私の事は消去されますぅ。ですから、悲しむ事もありません」
 相変わらずの笑顔だが、そんなの受け入れられる訳がない。美由の記憶が無くなるだと? そんな事は到底納得できない。美由は南校生徒会の一員だし、この世界でも一緒に戦った、それが向こうの世界に帰ると記憶がなくなってしまうなんて……、しかも何故美由はこんなつらい事を笑顔で話せるのだろう。きっと心の中では悲しくて今にも泣き出したいくらいなんだろうな。
「美由はそれでいいのか! 俺達から忘れられちまって!」
 俺は無意識のうちに立ち上がっており、美由の双肩を掴んで大声で叫んでいた。目を見つめるとそこには涙が浮かんでおり、
「いいわけありません。私もみなさんとお別れはしたくないですぅ……ですが、これは決まってしまった事なのです。だから、最後は……笑顔でお別れしようって……決めたんですぅ」
 美由の目からは大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って地面へと零れ落ちていた。まるで今まで押し殺していた感情を爆発させるかのように。
「えっ、えく、わっ、私もみなさんと一緒に笑って生徒会を続けて……えくっ、過ごしたかったです……」
 体を俺に預け、嗚咽を漏らし始めた。誰もいない中庭。月夜に照らされた静寂の中に美由が俺の胸の中で泣き続ける声だけが響いた。