なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

「なっ、夏美?」
 それはどう見ても夏美にしか見えず、顔立ちや体型全てが夏美そのものだった。しかしただ一つ違っているのは体全体が眩いくらいに発光していることくらいだ。
その人物は優しく微笑み口を開いた。
「はじめまして、私の名はヒルデガルト・フォン・ビンゲンです。会長の召喚術でこっちの世界に来ることができました。ありがとっ」
 そう言うと、その人物は人差し指を口にあてウインクする。
 ……ヒルデガルト? って、その生まれ変わりが夏美であって、本人は中世ヨーロッパの魔術師で言ってみれば架空の人物じゃないのか? しかも、何なんだこの軽さは。大魔術師ならもっと堅い口調で説教じみた話をするものと思っていたが。俺は気絶した夏美を抱きかかえているのも忘れ、ボケーっとヒルデガルトとやらを見上げていた。
「はっ」急に我に返る。イカン! 異相空間は? 思いだしたように俺は空を見上げると雷鳴はさっきよりも激しさを増して、漆黒の闇の部分がさらに拡大しているじゃないか。本気で時間がないぞ。
 俺の緊張感が伝わったのか、ヒルデガルトとやらは、
「本当に終末ですねえ? すごいなー。雷きれいだなあ」
 と呑気な事を口にしている。
「じゃあ、ちょっと待っててくださいね」
 ヒルデガルト? は、またウインクすると空に向かって片手を揚げて掌を向け何かを呟いた。
 その光景を眺めていることしかできない俺は、
「うわっ」
 俺は思わず声を出してしまった。なんたって、ひときわ大きな稲妻がヒルデガルトを直撃した! と思ったら、巨大な光の玉になっているじゃねえか。さらに何かを呟く彼女。唱え終わり、カッと目を見開くと、片手を空に向かって勢いよく振りかざした。
 その瞬間、ヒルデガルトを覆っていた光は一瞬にして霧散し、太陽の光が俺たちを包み込んでいた。
「………………」
 しばらく俺は茫然自失だ、何かとんでもないものを見てしまったような気がする。今思い出しても全く持って意味がわからん。ヒルデガルトはゆっくりと振り向くと、何事も無かったかのように、
「終わりましたよ。これで世界の危機は去りました。ウフッ」
 またウインクされてもなあ。なんとなく、世界崩壊の危機から脱出できたのはわかるが、いまだに実感がわかない。なんてったって、こんな軽い大魔術師様だからな。
「本当にヒルデガルト様ですか?」
「そうです。ヒデちゃんでーす」
 普通のギャルと話しをしているような感覚だぜ。
「あっ、あのう、もう少し堅い方で、我々はとかの言葉を想像していたのですが」
「あっ、すみません。この子の影響が大きいかな? 私は代々生まれ変わりの性格を踏襲するのです」
 ヒルデガルトは夏美を指差し、さらに微笑を浮かべた。
 なるほど、妙に納得してしまった。
「しかし、なぜもっと早く出てきてくれなかったんですか。もう少し早ければ安全に世界崩壊の危機を回避できたでしょう」
「私を召喚できるのは、ある条件を満たした時だけなのです、この子が強く願い、なおかつ意識のないときに封印を解けば私は現れることができるのです」
「封印って、それは一体……」
「さきほど、会長がしたじゃないですか、とびきり熱いのを」
 まっ、まさか、あのキスが封印を解いたってことか? やれやれ、どうやら俺の行動は正しかったようだな。
「もうすぐ、この子が目を覚ましてしまいますので、私はこの辺で、会長には、またお会いしたいですね」
 そういうと、ヒルデガルトは人差し指を口元にあて、軽くウインクしてから元の光の塊になり夏美の体の中に戻っていった。
 やれやれ、でも助かったな。俺は空を見上げると青空に二つの光源が燦々と輝いており、腕の中に視線を移すとそこには夏美がかわいい寝顔をたてていた。腕が痺れてきたので、そろそろ起こすことにしよう。
「おい、夏美! しっかりしろ! 助かったぞ」
「んっ……、あれ? 会長」
 夏美は半分寝ぼけているようだった。
「あれ? あれ? きゃあ」
 抱き抱えられている事に気づいたらしく、勢いよく飛び上がると、
「かっ、会長っ、何やってるのよ。気絶している間に変なことしなかった?」
 そう言って、バタバタと服を確認し始めた。
「何もしてないよ」
 俺は夏美の問にスマイルで答えると、
「あやしいわね。絶対何もしてない?」
「してないって言ってるだろ」
 キスの事は覚えてないらしい。今言ったら殺されるかもしれないだろうからな。ついでに、ヒルデガルトがでてきた事も知らなそうだ。
 このことは黙っておくさ。そうしておくよ夏美。
 
 丘から降りてきた川沿い。

 俺たちは堤防に腰を下ろしている。

 俺たちがいた世界と同じ光景だ。目の前には、水面が太陽の光を反射させてまばゆい光を放っていた。