そりゃそうだ。桜井美由は隣のクラスのおとなしそうな女子だ。顔は悪くなく、どちらかと言うと美少女の部類に入るのだが、休み時間は一人教室でライトノベルを読んでいるような典型的な無口属性だったような気がする。隣のクラスで多少の交流もあるものの、会話を交わした記憶がないのは前述の性格のせいだろう。
「本当に桜井ですか? あんま桜井とは接点ないんですが」
『確かに桜井だぞ、俺が候補がいないって話したらお前の名前が出たんで先生もビックリしたくらいだ。お前たち付き合ってるのか?』
「何言ってるんすか。そんな事ないっすよ。桜井とはあんまと言うかまったく喋ったことないし」
『まあ、そうだろうな。桜井と成績アンド素行が不良なお前じゃあ全然合わないよな』
 厚木はクックッと苦笑を漏らす。
「あっ、俺傷つきました。帰らせてもらいます」
 厚木は立ち上がろうとした俺の腕を引き、
『じょっ、冗談だ。ともかく、桜井が推薦したんだ。生徒会長、やってみないか。生徒会長をやるとおいしいぞー。内申点が高くなって大学受験とか有利になるぞー』
「……マジっすか?」
『マジもマジ。大マジだ。なんせ学年で一人だけだからな。お前の成績でも大学受験はなんとかなっちゃうかもな』
 痛いとこつきやがる。受験勉強なんてカッタルくてやる気も起きない上に、母親の嫌味ったらしい「塾のパンフレットを目立つ所に置く」攻撃に晒され文字通り瀕死の俺には命からがら逃げてきた村に宿屋がありました的RPG状態で、ちょっとと言うか……かなり魅力に感じてしまった。
『どうだ? やってみないか? せっかく桜井も推薦してるんだし。断ったら桜井に嫌われちゃうぞ』
 くそっ、ついには生徒を脅迫してきやがった。こりゃ、断ったら今度の英語の成績は確実に赤点にされちまう。
「わかりましたよ。やりますよ」
 半ば自暴自棄的に頷いてしまう俺。
『おお、やってくれるか。さすが桜井が見込んだ男だ。それじゃあ、まず生徒会ってのはだな――』
 厚木は生徒会の由来やら必要性を説き始め、長々と説教は小一時間にも及んだ。いかん、気が滅入ってきた。普段から教師の話をまともに聞かない俺はそんな攻撃に耐えられるわけもなく、ヘロヘロになりながら職員室を後にし帰途に着いた。空を見上げると周囲は若干薄暗くなっており、いつもの見慣れた星空が広がっていた。俺は駅へ向かい微妙に瞬く星を見上げながらさきほどの洗脳説教を思い起こしてみるが、最後の方は記憶がなく何を言っていたのかよく覚えていないな。はて? 厚木は何と言っていたのだろうか? ま、いっか。