幸い裏手にはレジスタンスの姿はなく、約束の地へ向かい出発しようとした矢先、一台のワンボックスが猛スピードでこちらに向かって来た。
「きっと仲間だにゃあ、よかったにゃあ」
 そう言ってさやかが車に近づき手を振っていると、ワンボックスはさやかの目の前で急停車し、スライドドアが勢い良く開いた。良かった。施設の連中かな? と思った瞬間、乗っていた奴がさやかの口を押さえ車の中に引っ張り込んだじゃねえか。
「さっ! さやか!」
 と叫ぶ俺の声むなしく、そのワンボックスはホイルスピンを残しながら走り去っていった。あっけにとられる俺達。
「さっ、さやかが誘拐されちゃったよ! 会長! どうしよう!」
 夏美は、小さくなりかけている車に向かいさやかの名前を連呼するが、これはマジでヤバイ状態になっちまったぞ。
「あいつら、施設の制服を着ていたね。前にタケシが言っていた内通者じゃないのかな?」
 福居は落ち着いた感じで話すが、お前もっと慌てろよ。と突っ込もうとしたところで、再びもう一台車が猛スピードでこちらに向かってきたと思ったら目の前でサイドターンをかまして止まった。
「こっちです。急いで」
 運転席から助手席のドアを開けたのはキョウだった、俺たちがその車に飛乗ると同時に急発進するが、
「キョウさん、大変。さやかが誘拐されちゃったよ!」
 俺の見間違いでなければ夏美の目にうっすらと涙が浮かんでいるように見える。
「ほっ、本当ですか? では追跡しないと。大丈夫です。この車なら追いつけますよ。掴まっててくださいね」
 そう言うと、交差点をドリフトしながら走って行く。俺達の世界では大きな国道沿いの住宅地へ続く道なのだが、やはりその面影はなく、家らしき建物が点在しているだけだった。
 川沿いの道へと続く細い路地を相も変わらずの猛スピードで走って行く。壁にこすりそうなギリギリで舗装の粗い路面を並を打ちながら走るクーペ。俺は後部座席で転がりながら少し酔いそうだ、などと思うがそんな事を言ってられないぜ。もう少しで川沿いの道に出るというところで、
「あっ、あれだ!」
 福居が後部座席から身を乗り出し指差す方向に、つい先程さやかを拉致ったワンボックスが見えた。
「わかりました。行きますよ」
 キョウはハンドルを握る手に力が入り、さっきよりも確実にコーナーを攻めている。一瞬のうちにワンボックスの背後に付き、そのまま縦走する二台。前の車もキョウに気付いたのかスピードを上げたり、細い路地に入ったりと振り切りを図ろうとしているが、運転テクの違いかな? 離れる様子もなく、俺達はキョウの運転する地上ジェットコースターをいやいや堪能させられているのであった。
 暫くはカーチェイスが続き、前を走るワンボックスがさらに細い路地に入った。それを追ってキョウもドリフトしながら角を曲がるが、曲がりきったところで急ブレーキをかけられ、俺は思わず慣性の法則通り運転席に顔を強打!
「追い詰めましたよ」
 キョウはワンボックスを睨んでおり、俺たちも前方に視線を向けると、確かに堤防で行き止まり、左右は深い草むらで車など通れそうもない場所だ。どうやら本当に追い込んだらしい。
「会長さんたちは下がっててください」
 キョウはそういい残し車を降りてワンボックスに近づくと、
「俺達も行った方がいいな」
 後部座席に座っている福居が言い、
「そうね。さやか……大丈夫かしら?」
 夏美も心配そうにワンボックスを見つめていた。
「行くか!」
 俺も勇んでドアを開けようとすると、
「会長は来なくてもいいわよ。どうせすぐやられちゃうからね」
「そうそう、二回ともあっさりやられてたしな」
 夏美と福居が哀れむような目で見るが、「俺だけハブにするな! 俺は会長だぞ! 生徒会のメンバーがピンチだって言うのに一人安全な車の中で待機できるかってんだ」と心の中で叫んでみるものの、やっぱ、戦闘になったらヤバイかも? ええい、そんな事は考えるな、さやかを救うんだと意気込み、車から飛び出し福居と夏美の後を追った。
 俺達が警戒しながらゆっくり近づいても、ワンボックスは音沙汰なしだ。後部ドアの前を囲む俺達。様子を伺おうとすると、突然ドアが開き、姿を現したのはさっきさやかを誘拐した男だ! 身構える俺達。だが、どうも様子がおかしい、目がどこか別の方を向いており視点が定まっていない様で心なしか顔中焦げているように黒煤がついている。
「なんだ? どうした?」
 俺達が不思議に思っているとその男はそのまま地面に突っ伏してしまい、その後ろから同じく頬を煤にまみれさせたさやかが笑顔で車から降りて来た。