なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

 安心しきった俺は床に視線を落とすと、
「んっ? なんじゃこりゃ」
 床には本が落ちていた。本というようりは小冊子のようで、俺はそれを拾い上げ表裏を確認してみるが、なんの変哲もない冊子だな。しかも部屋の周りにあるベットだの床などは埃にまみれ、何十年も使われていないのが分かるがその冊子は明らかに不自然極まりなく、埃がついていない。仮にこの本が人類滅亡時からここにあるのだとすれば、もっと埃まみれで朽ち果てているのに違いない。
「どうしたの、会長?」
 夏美が冊子を覗き込み、
「表紙は擦り減ってて見えないわね」
 確かに冊子の表紙はかなり擦り減っており、文字を認識できない。そこに何かが書かれていたというのはわかるのだが。
「見てにゃあ、本が置いてあったところ、本の跡がないにゃあ」
 さやかの指を追うと、冊子が置いてあった場所には埃の跡はなく、やはりいかにも後付けで置かれたように思えるぜ。
「中を見てみましょうよ」
 夏美の言葉に俺は本を開くと、最初のページにはどこかで聞いたような記憶がある言葉が書かれていた。
『世界は来たる滅亡を受け入れよ。しからば、輪廻の果てに、完全なる生命体として再生するであろう』
「おい、これって俺が刺された時に聞いた言葉だぞ」
「えっ……」
 全員が絶句する。
「読ませていただいてよろしいでしょうか」
 そう言うと、タケシは俺から冊子を受け取り、中身を読み始めた。
「……なるほど、わかりました」
 タケシは一分ほど読み終えたところで、
「この冊子はレジスタンスの経典のようなものです。いわゆる預言書のようなものですね。世紀末の隕石のことも書かれていますし、その後の氷河期のことも書かれています。さらに、明日臨界を突破するであろう異相空間のことも記されています」
「預言書? そんなものがこの世に存在するとはな。まあ、何でもありの世界だからそのくらいあるか」
と俺は大した驚きもなかったが。タケシは冊子を捲りながら目線を上げずに呟いた。
「世紀末の隕石が衝突後、一人の神が登場すると書いてあります。これはアンゴルのことだと思いますが、レジスタンスはこの神を人間と捉えたのでしょう。ですから邪魔な存在であるアンゴル及び我々に攻撃を仕掛けてきたのですね」
「異相空間のことは何て書いてあるの?」
 夏美は不安そうにタケシを見つめる。
「ちょっと待ってください……ありました。異相空間の臨界突破による世界の消滅後、人類は滅亡しその後千年後に完全な生命体として生まれかわるとなっています」
「どういう意味だ?」
 正直、俺にはさっぱり意味がわからないぜ。
「おそらく、一旦滅亡した人類は、千年後に神をも超越した存在になるのではないでしょうか。例えば永遠の命と満ち溢れる知性を兼ね備えた存在になるのではないかと考えられます。もっとも生命体と言うくらいなのでそれが人間の形をしているとは限りませんが」
「じゃあレジスタンスは、その“超人類”を信じて唯一世界崩壊を回避させる術を持っている俺たちを狙っているわけか」
「そのようですね。こんな信仰を許すわけにはいきませんし、そのためにこの世界の人類すべてを滅亡させるわけにはいきません」
「他に予言的なものはあるのか?」
「そうですね」
 タケシはさらに冊子をめくりながら、
「他はどうでもいい事の様です。その完全なる生命体の誕生後の事らしいので」
おいおい、人類を再生させるだと、しかも千年後ときたもんだ。そんなうそ臭い教典は現実的じゃないし、信じられるかってんだ。だが、レジスタンスの連中はそれを信仰し、実行しようとしてやがるのか。俺は正義感がある方ではないが、こりゃあ理不尽な話だ。なんとしても阻止しなければ、俺は拳にぐっと力を込めた。
「ねえねえ、そう言えば人影はどうしたのにゃ?」
 さやかは思い出した様に呟いた。
 そうだ、その人影を探さなければ。
「そうでした。ただここに人類滅亡後の“誰か”がいたということは、この本を見ても明らかです」
 タケシは冊子をポケットに入れ、再び人影捜索に戻ることにしたのだが、その後はまるで彷徨う鎧なみに、病院の中を右往左往してしまい、結局のところネズミ一匹見つけることはできなかった。ついでに言うと、美由が怖がっていた幽霊とやらもその欠片も遭遇していない。残念だな美由。
 一時間後、俺たちは建物の外にいる。
「誰もいませんでしたねぇ、すみません。見間違いではないと思いますけどぉ」
 美由は俯いてしまった。
「気にすることないにゃあ、病院探検すごくたのしかったにゃあ、みゆりん」
 さやかは、お化け屋敷をでてきたばっかりの子どものように楽しそうだ。
「さあ、先を急ぎましょう。会長を刺した犯人を捜さないと」
 タケシの言葉に、俺はこの世界に来た命題を思い出した。そうだった! 俺を刺しやがった奴をこらしめないとな。借りは返すぜえ、と無駄に意気込む俺であった。
 一行は再び密林を歩き出し、いくつの峠を越えたか数えたくもない、もう足が限界なんだが……。