俺は心を落ち着かせようと試みる。とんでもない世界に呼ばれちまって、その兆しはこの間の心霊探索ツアーにはすでに始まっていたってことだとは……まったくもって、やれやれだ。
しかし、なんて無茶苦茶な世界なんだ。科学が恐ろしく進歩していると思ったら、今度は宗教だの思想だの言い出しやがった。異世界ってのはこんな俺たちの想像に及ばない所なのか? これが確証バイアスとならないよう切に願う。
「ところで、四大魔術師ってことは、他の三人はどうしたんだ?」
「残念ながら、アンゴルが導きだした残りの人物達では、崩壊の危機は去らなかったのです。それは、決して彼等の力が劣っていたわけではく。それほど相手は強敵だということです。世紀末の時はアンゴルが誕生していなかったので回避は不可能でしたが、今回は違います。そのアンゴルが示したヒルデガルトの生まれ代わりである梅村さんの力が最後の希望なのです。我々引いてはあなた方の世界崩壊を救ってください」
 タケシは、最後の一縷の望みを夏美に託したようだ。
「回避が失敗しても、何もしなくても世界は終わっちまうのか」
「私なんかにできるのかしら……どうしよう」
 ソファーに深く座り夏美は手を膝の上に置き考え込んでいた。
 その位相がずれた空間が消滅するのと同時に俺達の世界も消滅しちまうんだったらここは夏美に救ってもらうしかないな。そういう状況だし、もし何もしないで元の世界に戻ってしまったら、俺達の知らないところで空間が破裂し、瞬時に元の世界も消失するだろう。何も知らないまま消滅するより、最善を尽くしてやられた方が悔いが残らないのかもな。
「夏美、安心しろ、お前は俺が必ず守ってやるよ」
 ……ふっ、キマッたな。前髪をさらりと掻揚げ最大限のカッコつけをかまし、流し目ちっくに夏美を見つめるが、当の本人は俺を完全シカトし、
「そうね。私たちの世界のためにも、私頑張る」
夏美は、腕を捲くり上げ力こぶを作るポーズをし、どうやら覚悟を決めたようだ。俺たちもやれることはやらないと後味悪いしな。全員の顔を見ると皆同意見のようだった。
俺はソファーにもたれながら、出されたコーヒーを口に運ぶ、コーヒーの味はこっちの世界も同じだ。なんて、どうでもいい感想は置いといて。
「なっちゃんが、ヒデちゃんの生まれ変わりだなんてびっくりだにゃあ」
 さやかはしきりに感心しているが、高貴な魔術師にいきなり愛称をつけるな。
 そもそも、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンってのは何者なんだ? 何か有名な魔術師だってことはわかったが、この前の本でも詳しくは書いてなかったような気がする。
「とっても有名な魔術師だにゃあ、予言とか作家もやってたにゃ。私がやってるゲームにも出てきたにゃあ」
 なるほど、さすがはさやかだ、雑学王選手権に出ればたちまち優勝だな。
「なっ、夏美さんがそんなすごい人だったなんて、任務のためとは言え、いろいろ迷惑かけちゃってごめんなさい」
 美由はソファーに深く座り、コーヒーを両手で持ちながら膝の上に置いていた。夏美がヒルデガルトの生まれ変わりってことさえ教えられなかったのか。ただ導くだけが任務だったなんて、少し可哀想だな。
「いいのよ。私も何にも気づかなかったし、でもいきなりそんな事言われても実感ないのよね」
 夏美は、天井を見上げていた。
「でも、そのアンゴルっていうのが、夏美さんを選んだわけだから、何か特別な力があるんだよ。自分では気づいていない、何か内面的なパワーを秘めているんだね」
 福居は全て悟ったような笑顔で夏美を見つめた。お前は僧侶か! と、芸人バリに突っ込んでやろうかとも思ったが、場の空気が拒否している。KY〈空気読めない〉会長と思われたくないしな。おとなしくしておこう。
 全員やっと事態が飲み込めたようで、いつもの生徒会室にいるような雑談が続いた。違うところがあるとすればここが俺たちのいた世界ではなく、世界崩壊の危機に瀕している異世界というとこくらいか。


 しばらくの談笑のあと、再びタケシとキョウがやって来て、
「何度もすみません。先ほど言い忘れたことがありまして」
 この後に及んでまだ何かあるのか、やれやれだぜ。
「アンゴルによると、大魔術師はそのお供を連れてやってくるとなっていました。そのお供とは、あなた方なのですが……」
 お供と聞いて、俺は桃太郎の童話を思い出す。大魔術師である夏美が主人公だとすると、そのお供ってやつは、犬、猿、キジ――って、俺たちは大して活躍しない動物クラスか? まあ、タケシ達は大魔術師の生まれ変わりである夏美に用があるのであって、俺たちはオプションみたいなものだからな。
「いえいえ、話の続きを聞いてください。『必然』という言葉があるように、人が集まるのは偶然ではなく全てに意味があるということです。先程申しました通り、アンゴルが皆さんを指名したと言う事は何かしらの力を持っており大魔術師の力になることができる。ですから、私は美由に命じて皆さんにもこちらの世界に来ていただきました」
 そういえば、俺は昔から何か命題を背負わされているような……ってのは、真っ赤な嘘で、たまたま進学した高校の生徒会に入っただけだぞ。しかも内申点が上がるようにって、こんなのが必然だって言うのか?
「そうです、あなたも、さやかさんも、福居さんも、特殊な能力を持っており、大魔術師の力になることができる。あちらの世界ではその力を発揮することはないでしょうが、こちらの世界ではアンゴルの力によりその力が発揮できると思います」
 おいおい、まるでどこぞやのRPGみたいだぞ。五人パーティーで馬車で移動していくやつな。爆弾岩とかを仲間にできないものか。いやいやダメだな。自滅の呪文を唱えられちまったら全滅だしな。などと現実逃避的な事を考えていると、タケシは、
「皆さんこちらにきてあまり時間がたっていませんので、まだ自分の力に気づいていないだけです。そのうち実感するでしょう。先に申しておきますが、我々こちらの世界の人間にはそのような能力はありません」
「にゃあ、楽しみだにゃあ、私は武道家がいいにゃあ、悪いやつをやっつけるにゃあ」
 さやかは、目が星マークになっており、よほど楽しみなのだろう。多分だがこいつの能力はゲーマーオタクだな。そんなジャンルがあるかどうかは知らないが。
「そうですね、僕は賢者がいいですね」
 福居は、前髪をかきあげながらさわやかに答えたつもりだろうが、どうせお前は、キザなインテリ野郎ってとこだろう。
「美由にも、その力があるのですよ」
 キョウが優しく言うと、
「えっ、私にもですか? 私はあちらの世界に行く力しかないはずじゃあ……」
「いいえ、さっきも言ったでしょう。世界間を移動できる力ともうひとつ」
「そっ、それは?」
「それは朝になれば分かりますよ。皆さんと一緒にスキャンしてもらってください」
 キョウは最後に全員にスマイルを見せるとタケシとともに部屋を出ていった。しかし、美由にも役職があるのか、俺はなんだろう? やっぱ当然俺は勇者だな。んっ、待てよ、勇者ってのはストーリーの主人公だよな? この場合の主人公は夏美っぽいから、夏美が勇者とすると……。
 深く考えるのはよそう。俺は俺だ。なんてトートロジーでごまかしていたが、想像してしまった職業が頭から離れない、それが「遊び人」だってことは、死んでも言えないが。


 朝になりアンゴルによる超光学的肉体スキャンが行われ、俺たちの能力が判明した……らしい。