「その空間は周期こそ均一ですが、隕石の衝突のダメージにより世界として不完全なんです。常に膨張と収縮を繰り返し、現在に至っています」
「じゃあ、そんなのほっとけばいいんじゃないか? 別に無害そうだし」
もっともだと思うだろ? もう一つの世界だろうが、何だろうが、この世界に危害がないのなら気にしない方がいいと思うぞ。
「そうはいきません。膨張と収縮を繰り返す異相空間が臨界を突破するとどうなると思いますか?」
「どうなるって……」
さっぱり想像がつかない。はて、どうなるのだろうか。
「風船と同じです。膨らませたり、萎ませたりして劣化すると最後は破裂しますよね」
「破裂?」
「そうです。臨界を突破した空間は一瞬のうちに無に帰すのです。全ての世界を巻き込み、全ては無になってしまうのです」
「無くなるって言ったって、その余計な世界がなくなるのならいいことじゃないか」
「そうではありません。さきほども言った通り、全ての世界を巻き込むのです。この世界も、あなた方の世界も何もかも。もしかすると、銀河系全てが無になる可能性もあります」
「なっ、なんだと、そんな事が起こりえるのか?」
「アンゴルの分析によるとそうなるらしいのです。特異的な分裂をしてしまった位相が元に戻るには、その周辺にある全ての世界を巻き込み無に帰するのです」
「……」
もう言葉は出ない。呆然と言うか唖然というか、そんな感情が入り混じった感じだ。俺たちがのうのうと暮らしていた裏でそんなとんでもないことが進行していたなんてな。
「これは自然の摂理なんです。恐らく、世界はそうやって輪廻を繰り返していたのでしょう。文明が開け、人類が繁栄しても位相変位により全てが無に帰する。その繰り返しが今日まで起きていたのかもしれません。これが世界の理なのかもしれません。しかし、我々はそれを阻止したいのです。こんな世界でも愛着がありますからね」
当然だ。訳のわからん世界に送り込まれたと思ったら、今度は地球消滅論だと。盆と正月がいっぺんにきたような騒がしさだな。でも冷静に考えてみるとこれはヤバイ。俺たちの元の世界も無くなって、しかもこれが自然の摂理だなんて、もうどうにかしてくれ。夢なら早く覚めろよな。
「アンゴルの分析によると回避確率は一パーセントにも満たないのです。しかしゼロではない。その可能性は、梅村さん。あなたなのです。四大魔術師による回避術によってもう一つの世界を正常な世界に戻すことができるらしいのです。実際の魔術師は現在にはいませんが、アンゴルによれば、その生まれ変わりの方も同様の力を持つらしいのです」
おいおい、散々ハイテクだのコンピューターだの言っておいて、いまさら魔術だの何だのって、時代錯誤もいいとこだぜ。科学の進歩が俺たちの世界と比較にならないくらい進歩していると言うなら、アンゴルとやらが、ミサイルを打つなり、超レーザーを撃つなりして未来的科学的に解決できないのか?
「その世界には直接干渉できないのです。現在の我々の技術水準で、あの世界に何かを施すことはできません」
タケシは俯き加減で、床に視線を落としながら、
「それにこの世界は、科学こそ格段に進歩しましたが、宗教というか、信仰というか……そういう非科学的な思想がいまだ根強く残っているのです。アンゴルの開発においても、非科学的な基礎理論が用いられたと聞いていますし、アンゴルによるアナロジカル・シンキングの結果が今回のような非科学的な結論を出すのも頷けます」
アナジ……、何だって?
「アナロジカル・シンキング。意思決定プロセスでアナロジー、――まあ、類推って言うんだけど、それを用いて解決する方法だよ」
福居は成績優秀な営業マンのように得意げだ。
そんなカタカナばっかりで説明されても分からん。これ以上は面倒なので聞かない事にする。
「この世界では、アンゴルが導きだした答えがすべてなのです。私たちにはそれに従うしかない。ですから、我々はヒルデガルトの生まれ変わりである梅村さんにこちらの世界でもう一つの世界を正常に戻してもらおうと五年前に美由をそちらの世界に送り込みました。美由には生まれつき世界間を自由に移動できる力ともう一つの不思議な力が備わっていましたので、皆さんをお連れすると言う任務を与えました。私たちをはじめ他の者にはそのような能力はないのですが、何とか皆さんにヒントを与えようと私とタケシはアンゴルの力を借りて、あなた方とコンタクトをはかりました。世界間移動のできない私たちは物質としては存在できませんでしたから、本を落としたり、梅村さんの夢に思念として送り込むことしかできませんでしたけどね」
キョウは、スマイルと呼ぶにふさわしい表情を作っており、良く見ればすんごい美人だ。年は……俺と同じくらいだと思うが。いやいや、そんな端的な感想を言ってる場合じゃないな。
「ちょっと待て、じゃあ俺たちがこの前心霊探索ツアーをやっていたときの本を落としたのは、もしかして……」
「そうです私たちです。驚かせてしまい申し訳ございません。何とかあなた方に事の重大性を知っていただきたかったので」
「じゃあ、美由、幽霊探索ツアーはお前の言葉で言う規定事項だったのか?」
「私は皆さんを導くことだけが任務でしたので、知らなかったですぅ。本当ですぅ」
美由は懇願の目をしているが、俺は今だに信じられない。あの本が落ちたのは単なる偶然かと思っていたが、こいつらの仕業だったとは。
そう言えば、あの時の本は幻視体験ってところに栞が挟んであって、たしかそこにヒルデガルトの話が出てたような……って、本当にこいつらの仕業なのか? 偶然にしてはでき過ぎている。信じざるを得ない状況だぜ。
「じゃあ、そんなのほっとけばいいんじゃないか? 別に無害そうだし」
もっともだと思うだろ? もう一つの世界だろうが、何だろうが、この世界に危害がないのなら気にしない方がいいと思うぞ。
「そうはいきません。膨張と収縮を繰り返す異相空間が臨界を突破するとどうなると思いますか?」
「どうなるって……」
さっぱり想像がつかない。はて、どうなるのだろうか。
「風船と同じです。膨らませたり、萎ませたりして劣化すると最後は破裂しますよね」
「破裂?」
「そうです。臨界を突破した空間は一瞬のうちに無に帰すのです。全ての世界を巻き込み、全ては無になってしまうのです」
「無くなるって言ったって、その余計な世界がなくなるのならいいことじゃないか」
「そうではありません。さきほども言った通り、全ての世界を巻き込むのです。この世界も、あなた方の世界も何もかも。もしかすると、銀河系全てが無になる可能性もあります」
「なっ、なんだと、そんな事が起こりえるのか?」
「アンゴルの分析によるとそうなるらしいのです。特異的な分裂をしてしまった位相が元に戻るには、その周辺にある全ての世界を巻き込み無に帰するのです」
「……」
もう言葉は出ない。呆然と言うか唖然というか、そんな感情が入り混じった感じだ。俺たちがのうのうと暮らしていた裏でそんなとんでもないことが進行していたなんてな。
「これは自然の摂理なんです。恐らく、世界はそうやって輪廻を繰り返していたのでしょう。文明が開け、人類が繁栄しても位相変位により全てが無に帰する。その繰り返しが今日まで起きていたのかもしれません。これが世界の理なのかもしれません。しかし、我々はそれを阻止したいのです。こんな世界でも愛着がありますからね」
当然だ。訳のわからん世界に送り込まれたと思ったら、今度は地球消滅論だと。盆と正月がいっぺんにきたような騒がしさだな。でも冷静に考えてみるとこれはヤバイ。俺たちの元の世界も無くなって、しかもこれが自然の摂理だなんて、もうどうにかしてくれ。夢なら早く覚めろよな。
「アンゴルの分析によると回避確率は一パーセントにも満たないのです。しかしゼロではない。その可能性は、梅村さん。あなたなのです。四大魔術師による回避術によってもう一つの世界を正常な世界に戻すことができるらしいのです。実際の魔術師は現在にはいませんが、アンゴルによれば、その生まれ変わりの方も同様の力を持つらしいのです」
おいおい、散々ハイテクだのコンピューターだの言っておいて、いまさら魔術だの何だのって、時代錯誤もいいとこだぜ。科学の進歩が俺たちの世界と比較にならないくらい進歩していると言うなら、アンゴルとやらが、ミサイルを打つなり、超レーザーを撃つなりして未来的科学的に解決できないのか?
「その世界には直接干渉できないのです。現在の我々の技術水準で、あの世界に何かを施すことはできません」
タケシは俯き加減で、床に視線を落としながら、
「それにこの世界は、科学こそ格段に進歩しましたが、宗教というか、信仰というか……そういう非科学的な思想がいまだ根強く残っているのです。アンゴルの開発においても、非科学的な基礎理論が用いられたと聞いていますし、アンゴルによるアナロジカル・シンキングの結果が今回のような非科学的な結論を出すのも頷けます」
アナジ……、何だって?
「アナロジカル・シンキング。意思決定プロセスでアナロジー、――まあ、類推って言うんだけど、それを用いて解決する方法だよ」
福居は成績優秀な営業マンのように得意げだ。
そんなカタカナばっかりで説明されても分からん。これ以上は面倒なので聞かない事にする。
「この世界では、アンゴルが導きだした答えがすべてなのです。私たちにはそれに従うしかない。ですから、我々はヒルデガルトの生まれ変わりである梅村さんにこちらの世界でもう一つの世界を正常に戻してもらおうと五年前に美由をそちらの世界に送り込みました。美由には生まれつき世界間を自由に移動できる力ともう一つの不思議な力が備わっていましたので、皆さんをお連れすると言う任務を与えました。私たちをはじめ他の者にはそのような能力はないのですが、何とか皆さんにヒントを与えようと私とタケシはアンゴルの力を借りて、あなた方とコンタクトをはかりました。世界間移動のできない私たちは物質としては存在できませんでしたから、本を落としたり、梅村さんの夢に思念として送り込むことしかできませんでしたけどね」
キョウは、スマイルと呼ぶにふさわしい表情を作っており、良く見ればすんごい美人だ。年は……俺と同じくらいだと思うが。いやいや、そんな端的な感想を言ってる場合じゃないな。
「ちょっと待て、じゃあ俺たちがこの前心霊探索ツアーをやっていたときの本を落としたのは、もしかして……」
「そうです私たちです。驚かせてしまい申し訳ございません。何とかあなた方に事の重大性を知っていただきたかったので」
「じゃあ、美由、幽霊探索ツアーはお前の言葉で言う規定事項だったのか?」
「私は皆さんを導くことだけが任務でしたので、知らなかったですぅ。本当ですぅ」
美由は懇願の目をしているが、俺は今だに信じられない。あの本が落ちたのは単なる偶然かと思っていたが、こいつらの仕業だったとは。
そう言えば、あの時の本は幻視体験ってところに栞が挟んであって、たしかそこにヒルデガルトの話が出てたような……って、本当にこいつらの仕業なのか? 偶然にしてはでき過ぎている。信じざるを得ない状況だぜ。

