なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

 全員がポカンとしている。落ち着け、俺。今、タケシは何と言った? 夏美が魔術師の生まれ変わり? しかも、ヒルデガ……なんたらって言う。魔術師なんぞ空想上のものじゃないのか。バリバリのフィクションだろ。その架空人物の生まれ変わりが夏美だと? 
「わっ、私は普通の女子高生ですよ。お父さんとお母さんも普通だし、いきなりそんな事言われても……」
 夏美は戸惑いの表情を浮かべ、動揺を隠せないようだ。
 タケシは夏美の目をまっすぐに見つめ真剣な表情で、
「梅村さん。間違いなくあなたなのです。私たちがはヒルデガルトの生まれ変わりの人物にコンタクトを図るために美由を送り込みました。何よりあなた自身、ヒルデガルトの話に覚えはありませんでしたか?」
「……いえ、特に覚えはありませんが」
「そんなことはありません。あなた自身が直接聞かなくてもどこかで知っているような感覚はありませんでしたか?」
 タケシが優しく諭すと、夏美は少し考えてから、大きく瞳を見開き、
「あっ、そう言えば生徒会室で見たヒルデガルトの幻視体験って所を見た時にデジャヴュのような感覚があったような……もしかして、それが」
「そうです。梅村さんはヒルデガルトの記憶を持ったまま生まれ変わったとすれば、ヒルデガルトの話もどこかで知っていてもおかしくはありません」
「そっ、そうなんですか」
 夏美は、タケシの説明にいまだ戸惑いを隠せない様だ。まあ、いきなりあなたはdai魔術師の生まれ変わりだなんていわれて「はい、そうですか」なんて素直に納得できるかってんだ。俺にはよくできたジョークにしか聞こえないぜ。
「ジョークではありません。隕石の衝突後、残された我々人類は一丸となって、科学を進歩させてきました。そしてついに、人工知能をもつスーパーコンピューターを開発したのです。そのコンピューターは、自らの意思をもち自己能力を向上させる力があります。造り出されてから五年になりますが、我々の及びもしない次元の処理能力と基礎理論の展開により、時空を超越する機能までをも備え、常に機能向上をし、もはや我々の神同然の存在にまで昇華しました」
 そんなアホな。コンピューターが神だと? コンピューターなんぞせいぜいさやかがギャルゲーをするものぐらいにしか思わなかったぜ。にわかには信じられない話だ。
「信じられないのも当然です。滅亡の危機に瀕していた人類と、普段通りの生活の人類と、どちらが生存にかける執念があると思いますか」
 タケシは得意げだ。この話が本当だとすると、タケシから見た俺たちなんて陽だまりの中の青蛙のように、のほほんと生きている存在に違いない。
「そして我々はそのコンピューターをアンゴルと呼んでいます」
 昔の特撮怪獣番組にでも出てくるような名前だな。何か必殺技でもあるのか?
「もしかして、アンゴルモアの大王のことなのかなにゃ?」
 さやかは、興味深々な目でタケシを見つめていた。
「そうです。恐怖の大王があの隕石ならば、その後に蘇ったのはアンゴルモア大王ということになります。アンゴルこそその後の天地創造者、すなわち神だと。我々の希望的観測ですがね」
「あのう、それで、私が呼ばれた理由は……」
 夏美は、恐る恐るタケシを見上げると、
「すみません。だいぶ話が脱線したようですね」
 タケシは、真剣な顔に戻り、
「実は、アンゴルは完成と同時に二つの予言をしたのです。一つは、世紀末の隕石によって生まれた『もう一つの世界』の存在とその世界がもたらす破滅でした」
「もう一つの世界だと? それって俺たちの世界から見たこの世界の事じゃないのか?」
「そうですね。あなた方の世界から見た私たちの世界のようなものですが、この話は決定的に違うのです。世紀末の隕石が衝突した際、物理的な破壊だけではなく、四次元的な破壊が起こったのです。衝突のエネルギーによって、この世界の位相に変化が生じてしまったのです」
 理系がてんで苦手な俺には既に意味不明だ。
「いいですか。映画のフィルムを想像してみてください。映像を見る限りではその世界は滑らかに動き、確かに世界が存在していますが、フィルムを見るとひとコマずつの積み重ねになっていますね。私たちが存在しているこの世界においても同様にひとコマづつの積み重ねなのです。ですからコマの間にはほんのわずかですが時間の断絶が存在するのです」
「その断絶ともう一つの世界とどう関係があるのですか」
 俺の隣で頷きながら聞いていた福居が口を挟むが、お前はこんな全開理系話が理解できているってのか? 
「アンゴルの分析において判明したのですが、実は世紀末の隕石はその強大は運動エネルギーにより衝突と同時に私たちの世界の一部をその断絶空間に変位させてしまったのです。一部と言うのは物理的な量ではありません。我々の世界に存在しているコマの間にさらなるコマを作ってしまったのです。そのコマは私たちの世界と同一周期ですので、観測することはできません。客観的に見れは二つの世界が存在していることになるのですが、私たちの世界から異相空間を観察できないのです」
 それっきりタケシは視線を落としてしまった。
「でも、それって別に害はないんじゃないの?」
 夏美は口に手を添えながら首を捻っている。
「問題は、その異相空間の存在なのです。我々の世界と同一周期のそれは、本来存在し得ないものなのです」
タケシの代わりにキョウが口を開いた。