入学式当日は半日で終了するため、適当に昼飯を食うと俺はとりあえず生徒会室に小走りで向かった。この行動もすっかり慣例行事となりつつある。最初の頃は生徒会に巻き込まれたってだけで憂鬱な気分と言うか暗澹たる気分と言うか、要は俺の心は果てしなく続くブルー一色だったのに対し、今じゃあすっかり慣れきってしまい、日常業務的な仕草になっちまってるぜ。
 生徒会室のドアを開け、いつもの会長席に座ると、さやかがパソコンと睨めっこしていた。
「よお、さやかだけか?」
 真剣な表情のさやかに言うが、当の本人はてんでき付かない様子で、
「……」
 真顔でモニターに釘付けだ。何を見ているのかと思い背後に回ると、モニターには美少年同士の絡み、いわゆるBL系のCGじゃねえか。こいつは生徒会室の備品でなんつーものを見ているんだ。
「あれ? 会長、いたのにゃあ」
 悪びれる素振りも見せず、笑顔で振り向くさやか。こいつにとってパソコンならなんでもいいのであろうか。
「生徒会室のパソコンにそんなもの入れちゃいかんだろ」
「家のパソコンより性能がいいからこっちの方が快適にゃあ」
「今すぐ消せ。厚木に見つかったらパソコンごと没収されるぞ」
 と言って俺は強制的にアンインストールを試みると、
「やだにゃあ、もう少しでトゥルーエンドにゃあ。このまま続けるにゃあ」
「うるさい」
 抵抗するさやかの頭を押さえつけて、マウスを握ろうとすると、
「まあまあ、いいじゃないか。ゲームなんだし」
 さわやかそうな声が聞こえ、顔を上げると、小学校からの同級生で生徒会メンバーの福居がにこやかなスマイルで立っていた。
「ふくちゃん。助けてにゃあ。会長にヤラれるにゃあ」
 物騒な事を言うな。
「さやかさんも反省しているようだし、そのぐらいでいいじゃないか」
「お前なあ、厚木が発見したらどうするんだ?」
「大抵そういうのは起動ディスクがないとゲームがはじまらないから大丈夫なんじゃないのかい? インストールしてあるだけなら厚木先生も怒らないと思うよ」
「そういうものなのか?」
「そうだにゃあ、ディスクは毎日持ち帰ってるから大丈夫にゃあ」
 さやかは福居の後ろに回り、フーフーと猫のように威嚇している。やれやれ、ここは俺が折れないといけない場面なのか?
「わかったよ、そのかわり、ディスクを忘れていくなよ」
「承知したにゃあ」
 そう言ってさやかは再びパソコンの前に戻り、マウスを操り始めた。
「まったく、お前には他にやりたいこととかないのか?」
 少々呆れ気味にパイプ椅子に腰を下ろと、
「うーん。特にないにゃあ。ゲームができればそれでいいにゃあ。あ……でも、一つだけあったにゃあ」
「何だ。言ってみろ」
「魔法使いになりたいにゃあ。魔法使いになって魔法で悪いやつをやっつけるにゃあ」
 頭が痛くなってきた。本当にこいつは高校生なのだろうか。魔法使いだと? 妄想も甚だしいぜ。そんなのは小説なり漫画なりの物語の中だけだろ。
「違うにゃあ。実は私の正体は魔法使いさんだったのにゃあ。悪の会長をやっつけるにゃあ。『ファイアー』どうにゃあ? 火の玉が出たかにゃあ?」
「……」
 痛い、痛すぎるぞさやか。だがここはまあ、本人がいいと言うならいいことにしよう。これ以上会話に付き合ってられんので、俺は現実逃避をすることにする。
「そういえば、他の面子はどうしたんだ?」
 生徒会室には俺とさやか、福居しかいない。他の生徒会メンバーはどこへ行ったのだろうか。もうすぐ会議を始めるというのに、しょうがない奴らだ。
「美由さんならさっき廊下で見かけたよ。もうすぐ来ると思うけど」
 さわやかスマイルで俺を見る福居はパイプ椅子に腰を下ろすと、本棚から一冊とり出し読み始めた。参考書や小説ならまだましだが、こいつの場合は生粋の漫画好きらしい。やれやれ、俺は生徒会のメンバーにも恵まれていないのか。
「じゃあ、二人が来たら会議を始めるからな」
 俺の言葉に生徒会室に沈黙が訪れる。聞こえて来る音といったら、マウスをクリックする音とページを捲る音だけだった。
 どのくらい時間が経ったろうか。まあ、十分も経っていないと思われるのだが、ふいにさやかが、
「そう言えば会長はなんで会長になったんだにゃ?」
 ゲームに飽きたのか、突然顔を上げ、ニヤケた表情で聞いてきた。
「はあ? そんなのはどうでもいいだろ」
 俺のそっけない返答に今度は漫画を読んでいた福居が顔を上げ、
「僕も気になるな。小学校から知ってるけどそんなキャラじゃなかったしね。僕は会長が立候補するって言ったから負けまいと思って立候補したくらいだしね。その辺のところ是非聞きたいなあ」
 お前が立候補したのはそれが理由だったのか? 相変わらずくだらないやつだな。俺なんかをライバルとしないでもっと頭のいい奴と競えってんだ。
 さやかと福居の興味深々と言った表情が俺を捉え、どうしたものかと思案するも効果的な言い逃れはできそうにない。まったく、そんなのはどうでもいいだろうと思いつつも、どうやら話さなくてはならない雰囲気らしい。俺は、

「実はだな……」

 と言って、昨年秋に起こった事件を回想するのであった。