はあ、今日からまた学校か、夏休みに比べて春休みの短いこと短いこと。重力加速機に入った素粒子のようにあっという間に目の前を通過してしまい、本日からまた学業という天敵が俺の前に現れる訳だ。永遠に春休みでもいいと思うのは俺だけじゃないだろ? と学校へ向かいながら超田園風景のど真ん中をとぼとぼと歩いていると、

「よお、おはー」

 聞きなれた声がし、振り返る。

「なんだ、山本か」
「おいおい、なんだとはなんだ。俺様が声をかけてやってるんだぞ、少しは敬え」
「訳のわからんこと言うな。なぜお前を敬なければならないんだ? そうでなくてもこっちはお前と同じクラス五年目で憂鬱でしょうがないってのに」
「またまた何言ってんだ、嬉しくて仕方がないくせに」
「そんな訳ねえ、鬱々真っ盛りだぜ」
「なにおー」
 中学校からの同級生である山本を適当にからかい、くだらない話をしながら校門をくぐると、やたら真新しい制服に身を包み緊張した面持ちで校門付近に集まっている集団が目に入った。
 茶色のチェック柄スカートにブラウス、白いサマーニットの女子だ。男子はブレザーなのだが、茶色基調というのはやっぱりいいなあ。まあ、俺も同じ制服を着ているのだが、どこぞやの有名デザイナーがデザインしたという話だ。
「うひょー、今年は豊作だな」
 山本とは違うアホ声の方に視線を移すと、徳永が仁王立ちしていた。
 徳永は高校に入ってからの友人だが、何故か俺と山本と馬が合う。誰が言い出したかわからんが今じゃこのクラスの三バカトリオと影ながら呼ばれているらしい。しかし……なぜ俺の周りにはアホしかいないんだ?
「おいおい、俺たちは仮にも上級生なんだぞ」
「いいじゃねえか、どれどれ……おお、あの子なんか可愛いぞ!」
 徳永の指差す方向には、確かに真新しい制服に身をつつんだ清楚な少女が佇んでいた。大きな桜の木の下で、一人周りの喧騒を眺めているようだった。
「入学式の当日に新入生をナンパする奴がいるかっての! ほら、行こうぜ」
「おうおう、生徒会長さんは、まじめだねえ」
「何言ってやがる。新入生をナンパするアホを止めているだけだ」
 未だアホ顔の徳永を小突き、新入生を視界の隅に入れながら下駄箱へ向うと、不意にその少女と目が合ってしまった。
 一瞬の気まずさに視線を戻そうとすると、その少女は俺を見て微笑んだじゃないか。あれ? 知り合いか? 脳内付属のハードディスクで検索するも検索結果は「該当なし」だぞ。そりゃそうだ、今日入学する奴に知り合いなんかいるわけねえ。まあ、気のせいだろう。
しかし、新入生か……初々しい奴らだ。俺も去年はこんな風に純粋だったのかねえ? 今じゃすっかり平々凡々の人生だけどな。などと陳腐な感想を抱きつつ、教室に入ると、

「会長、おはようにゃあ」

 脳に直接響くようなアニメ声が降り注いできた。視線を動かすが声を発したと思われる生物は確認できない。どこだ? 何が話しかけているんだ?

「ここにゃあ!」

 そのまま視線を下に向けると、森島さやかが立っていた。

「ごめんごめん、視界に入らなかったよ」
「ひどいにゃあ、それは私がチビって言いたいのにゃ? ひどいにゃあ」
 頬を膨らませ、むくれるさやか。まあ、たしかに超がつくほどチビで、俺の胸ほどし身長がないもんな。
「ごめんごめん冗談だよ。おはよう、さやか。元気だったか」
「もう元気一杯だにゃあ、ゲームを五本もクリアーしたにゃあ」
 得意げに腕を組み、無い胸を張るが、あいかわらずゲームオタクなんだな。しかも、そのゲームは全てギャルゲーだからタチが悪い。未成年がそんなゲームやるな。
「会長にも貸してあげるにゃあ。今度のゲームはかわいい娘がいっぱいでてくるにゃあ」
 謹んで遠慮させていただきます。
「残念だにゃあ。じゃあ、放課後に生徒会室でにゃあ」
 そう言うとさやかは小走りに他の女子が固まっている輪の中へ向かっていった。
ったく。朝っぱらから何の会話をしてるんだか。ちなみに、こいつは、南校生徒会の一員で、俺の仲間にあたる。個性的と言えば聞こえがいいが、単なる腐女子ってやつだ。