なつよん ~ある生徒会の平凡な日々~

「きゃっあ、ひいいい」
 美由は腰くだけになってその場にしゃがみ込んでしまったが、辺りを見渡すと特に変わったところはなかった。だが床に視線を落とすと一冊の本が落ちているじゃないか。たしかさっきまではそんな物はなかったはずだ。今の音はこの本が落ちたのか? その本はハードカバーで分厚い。何かのSFものの小説か何か?
「どうしたの? 何の音?」
 小走りで近づき夏美が俺の顔を覗き込んだ。
「あの本が落ちたんだと思う。どこから落ちたんだ? 本棚か?」
よくよく本棚を見ると、ここの本棚は奥行きが深く簡単には落ちそうにない造りとなっているぞ。
「本棚から自然に落ちたと考えるのは無理があるね。だけど、その本はここにあったんじゃないのかな?」
 福居が指を差す方向に視線を移すとそこにはちょうど一冊分入るスペースが空いていた。そこにあった本が落ちたのか?
「たまたま落ちたにしてはおかしいわよね。そんなに奥行きが浅い訳じゃないし」
 まじまじと本棚を見つめながら夏美は呟いた。
 たしかに、自然に落ちるってのは納得がいかない。では誰かが落としたのか? いやいや、ここには俺たち以外誰もいないはず、だとしたら……幽霊が落としたって言うのか? そんなのは妄想の世界だけかと思っていたが。
 俺は幽霊とかの存在を信じそうになった。ちょっと怖いかも。
「オバケさんだにゃあ、オバケさんが落としたんだにゃあ」
 嬉しそうに飛び回り、さやかはその本を手に取ると、
「せっかくだから借りてくにゃあ」
本を持ち、読もうとしたが真っ暗なため読めなかったらしい。生徒会室に持って帰ると言い出しやがった。
「ぐすっ……さっ、さやかさん、やめましょうよ。気味が悪いですよぉ」
 美由の目からは、既に涙が溢れている。
「だいじょうぶだにゃあ、きっとこれにはオバケさんからのメッセージがあるにゃあ、楽しみだにゃあ」
「まあ、本を持って帰っても呪われるとかいった事はないと思うよ。僕も興味があるし、貸し出しは明日また改めて来ればいいじゃないか」
 福居もどことなく嬉しそうだ。
「そうね気になるわね。持って帰りましょう。私の権限で許可します」
 おいおい、生徒会副会長にそんな権限があるのか? 置いてった方がいいんじゃないか? そんな俺の提案など採択されるわけもなく、相変わらず多数決で決まってしまったようだ。
「じゃあ生徒会室に戻りましょう。福居くん。最後にあらゆる所を写真に撮っておいて」
 夏美は福居に命じ、福居はそれに従うようにシャッターを押しまくった。
 結果論だが、その写真には何も写っておらず、奇妙な写真は最初に撮ったやつのみだった。
 心霊発見ツアーを終え、生徒会室に戻ろうと真っ暗な渡り廊下を歩く俺たち一行の背後から、
「おい」
 突然の呼びかけに美由は、
「きゃあああ」
 と叫び声をあげ俺に抱きついてきた。美由の声で相当ビックリさせられたが、小高い丘二つが密着するこの感触は何とも言えないな。
 全員が振り向くとそこに居たのは美由の悲鳴で驚いた表情の厚木だった。
「おっ、お前らどこに行ってたんだ? 資料作りはどうした?」
「いやまあ、だいたいできました。そろそろ解散しようとしたとこです」
 俺は、抱きついている美由ごしに適当な言い訳を試みると、
「そうか、それより桜井、教師の目の前でそういう不純異性交際はいかがなものかと思うが」
「ほら、美由、いつまで会長にくっついてるの」
 夏美が美由を引っぺがすと、美由は顔を赤くしながら、
「あっ、すっ、すいません」
 スカートの裾を握り締めうつむき加減で答え、俺は体に残った美由の感触を心にしまいつつ、その日は解散を宣言したのであった。