「そんなことがあったのにゃあ、全然知らなかったにゃあ」
 さやかは腕を組みながらウンウン頷いているが、大した話でもないだろ。
 と、そこへ、ドアをノックする音が聞こえ、続いてドアを開ける音がすると美由がいつもの笑顔で入ってきた。
「みなさん。こんにちはぁ、ご機嫌いかがですかぁ」
 いつもどおりなんともミニマムなテンポで会釈をする美由だが、俺が生徒会に巻き込まれた馴れ初めを話していたので、自然と全員の視線が美由に集中する。
「あっ、あのぅ、どうかしたんですかぁ?」
 現状が把握できないらしく、美由は人差し指を口に沿え首を傾げると、不思議そうな顔をし、俺たちを順に見渡した。
「いやあ、俺が何で生徒会長になったかって話をしていたんだよ」
「そうだったんですかぁ」
そう言うと、これまたいつものように美由はポット脇の戸棚から俺のマイカップを取り出し手際よくコーヒーを入れ、
「会長ぉ、コーヒーですぅ」
と言って俺の前にはやわらかい湯気の立ちのぼるカップが置かれた。
「ありがとな、美由」
簡単なお礼を言い、コーヒーを一口すすると生徒会室を見渡した。さやかは再びパソコンの前に移動し、なにやらマウスをクリックしているが、時々美由に視線を配るのは何故だろう。何か気になることでもあるのかねえ。
福居はと言うと、再び読書三昧を堪能している。しかもやたらと侍ものの漫画が多いな。こいつには剣客願望でもあるのか? 美由は自分の席に戻ると巨大なくまの顔が描かれたカップに入っているコーヒーを注意深く冷ましながら口に運び、少し苦かったのか、顔を歪め慌ててミルクを追加している仕草が面白い。
「しかし……そのカップ、美由にはでかくないか?」
 恐ろしいほど顔と体型に似合っている少女趣味のカップに少々呆れながら聞くと、
「これがいいんですよぉ、カワイイと思いませんかぁ? 会長ぉ?」
 草原に咲く一輪の向日葵の様に明るい笑顔で俺を見つめるが、「いや、特には……」と言おうとするとヘコんでしまいそうなので、
「そっ、そうだな、ははは」
 と適当に同調しておくことにする。それはそうと、俺はもう一つの顔を捜すが見当たらない。俺を会長とも思わない破天荒野郎、夏美はまだ来ていないようだ。
「夏美はどうした?」美由に聞くと、
「夏美さんはミステリー研究会の人と話をしてましたぁ。先に行っててとのことだったのですけどぉ、もしかすると遅くなるのかもしれませんねぇ」
 美由は右手の人差し指を口元に宛がい思い出したように呟いた。
「ねえねえ、みゆりん。会長を誘ったのはみゆりんだったのにゃ?」
 さやかは先程の会話をぶり返し、ちびちびとコーヒーを飲んでいた美由の横にちょこんと座った。
「はいぃ。ええとぉ、会長が適任だと思ったので推薦させてもらいましたぁ」
「なんで会長なのにゃ? みゆりんは会長が好きだったのかにゃあ? 会長は私と同じくらいオタクだにゃあ。適任とは思えないけどにゃあ」
 おいおい、お前と一緒にするな。俺はオタクでもなければ、ニートでもない。いたって普通の健全な高校男児だ。しかし、さやかは自分がオタクだって自覚していたのには驚きだ。って、そんな事より、ありもしない噂を広めるな!
「僕も不思議に思ったんだよ。なんで夏美さんじゃダメなのですか? この会長だよ? 到底生徒会長なんかとは縁遠い存在と思っていたのになあ。こんなアウトローなヤツはそうそういないくらいだよ」
 なんかえらい言われようで、俺の人格を総否定っすか?
 さやかと福居の質問攻めに美由は俯いたままで、「あのぅ」とか「それはぁ」としか言えず、さらに手をモゾつかせるだけであった。なんか少し可愛そうだ、話を逸らしてやるか。
「逆にそもそも、なんでさやかは立候補したんだ?」
 俯く美由を下から覗きこんでいたさやかに逆質問をしかけると、虚をつかれた様子で、
「わたしにゃ? 私もみゆりんに誘われたにゃあ」
「へえ、じゃ、さやかは美由と仲が良かったのか?」
「いいにゃ、その時初めて喋ったにゃあ」
「初めて? そうなのか? 美由?」
 とっさに美由を見つめてしまうが、
「みっ、みなさんとてもいい人ですので推薦したんですぅ。エヘヘ」
 顔を上げた美由は笑顔で舌を出しているが、そうなのか? じゃあ、この生徒会の面子は美由が集めたみたいじゃないか。唯一違うのは福居くらいか? 何ゆえに美由は俺達を集めたのだろうか? 何か裏でもあるのか? と、問い詰めようかと思案していると、
「やっほー! おまたせー」
 夏美が笑顔で旧ドイツ軍ちっくに右手を掲げ勢いよく入ってきた。俺と美由を見るなりいきなり笑顔から眉間にシワをよせ、両手を腰に宛がい前かがみに、
「ちょっと、会長、何やってるのよ! もしかして美由をいじめてたの!」
 ちょっと待て、どうしてそうなるんだ? と言って美由との位置関係を整理してみる。椅子に座わり俯き加減の美由、その前に立つ俺。まあ、見ようによって叱責しているように見えるわな。こりゃ誤解だと振り向こうとした瞬間、
「私の美由になんてことするのよ!」
 と言って飛んできたのは夏美の右ストレートだった。振り向くのと同時のため、カウンター気味にクリーンヒットし、床にもんどり打つ俺。何しやがる!
「美由をいじめるからよ!」
 そう言って美由に向かい、
「美由、大丈夫? 悪は滅びたからね」
 やさしく頭を撫でるが、悪って俺?
「違いますぅ、いじめられてませんよぉ。会長とは普通にお話してましたぁ」
 慌てた様子で俺と夏美を交互に見つめ説明をしているが、当の本人は、
「あら、そうなの」
 と言って、鞄からなにやら資料を出しはじめ、
「ねえ、みんな。さっきミス研の人たちと話をしてたんだけど、どうやらこの学校には七不思議があるらしいの。でさ、面白ろそうだから探しに行きましょうか?」
 おいおい、夏美、人の誤解は放置プレーか? 謝罪の言葉ってのを知ってるのか? 壮絶にスルーするなという俺の抗議に対し、
「いいじゃない。過ぎた事は気にしない方がいいわよ。心が小さいと思われちゃうわよ」
 そう言って七不思議の話題に戻る夏美だが、お前の頭は正常なのか? と小一時間位問い詰めたいが、後が怖い。大人しくしておこう。