昼休み。重い空気になっていたけど彼のありがとうと笑った顔はいつもと変わらなかった。
私は上手く笑えてたかな。
「咲宮さん。どんだけ逃げるんですか」
田中君の声で現実に引き戻されたように廊下のガヤガヤとした声が耳に響く。
私は教室に戻って全教科分の回答用紙をまとめて田中君に渡した。
「ありがとうございます。最初から素直に渡してくれればこんなまどろっこしいことには」
「田中君てさ、何のために勉強してるの?」
私の言葉に田中君は黒フレーム眼鏡を上にあげた。
「いい大学に入って安定した職業について安定した人生を送るためです。何か間違っていますか」
「...ううん、間違ってない。田中君はさ好きな人とかいないの?」
やば、私何聞いてんだろ。
どうせ『あなたは馬鹿なんですか』とか言われるに決まって...
しかし、田中君を見ると一瞬にして赤面していた。
「え」
無表情の冷血の仮面が剥がれた瞬間だった。
「ななななな何をいきなり言い出すんですかあなたは!」
「え、ちょ、もしかして、好きな人いるの?」
私が改めて聞くと田中君は否定もせずにさらに赤面。
こんな田中君も恋とかするんだ...。
「誰!私の知ってる人っ?」
「なぜあなたに教えなくてはならないのですか」
私は田中君の持っていた私の回答用紙を取り上げた。
「これ貸すんだから教えてくれてもいいじゃない!」
「なっ...分かりました...僕の負けです」
ぶっちゃけ今日初めて話した人の、好きな人を聞き出すなんて自分でも何してるんだろうって感じ。
昼休みの時は正直ムカッとしたけど、ちゃんと将来のことも考えてるし、私この人のこと嫌いじゃないかも。
