さくらのこえ


 牛車の走り出す音がして、遠ざかっていくのを聞いた紅葉はいつものきちんとした仕草を放棄して、声を荒らげた。

「前から思っていましたけど藤子様と本当に血を分けた姉妹なのかと疑いますわ!ああもう!」
「落ち着け紅葉。俺も腸が煮えくり返る思いだが、ここは冷静になるべきだ。……やはり左大臣邸に乗り込むか……」
「一番落ち着いていらっしゃらないじゃないですか」

 そんなやり取りに幾分か気分が解れ、春姫はくすくすと笑う。顔色はあまり変わっていないが、気分自体は良くなっているのだろう。先程よりも意識はしっかりしているようだった。

「そうだ、皆に報告がある」

 和春は春姫の肩を抱き寄せて、真剣な面持ちで部屋にいる者を見渡した。春姫はそんな彼を見上げて、心臓が高鳴る。

「私は春姫と結婚することにした」
「まあ!」
「ようやくですか!」
「もう今か今かとずっと待っていましたよ」
「本当に。決心がついて良かったです」
「まあ、具体的な日取りなどは何も決まっていないが……とにかく、そういうことだから」
「ええ、ええ!こちらとしても準備がございますからね。焦らず進めていきましょう」
「そうだな。よろしく頼む」

 わいわいと一気に場が温まった中で、和春は隣に寄り添う小さな肩を抱きながらやはり優れない様子の春姫を心配する。
 春姫は一度に起こった様々な出来事に驚きながらも、和春と仲直りしたことが幸いして大きな手に安心していた。好きだと自分の声で伝えられたことが彼女にとって何より嬉しい出来事だったのだ。和春にもそれが伝わったのか、その大きな手に頭を撫でられる。

「大丈夫とは言っても心配だからな。今日は早めに夕餉を取って、横になった方が良いだろう」
「そうですね。春姫様、起きているのがお辛いようでしたらすぐにご用意致しますので、お休みになられてはいかがでしょう?」

 時刻はまだお昼前ではあったが、周りのすすめもあり、春姫は素直に従うことにした。用意してもらった寝台に横になると、その脇に和春が腰を下ろす。恥ずかしそうに上掛けを上げると、それに気づいた和春は小さく笑って春姫の手を取った。

「貴女から手紙をくれるとは思っていなかったから、すごく嬉しかった。」

 その言葉に春姫の握る力が強まる。書きかけであったが、その気持ちは届いているようで春姫は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「それに……自分の声で想いを伝えてくれてありがとう」

 和春はそう言うと、春姫の額に口づけを落とす。

「……少し風に当たってくることにしよう」

 互いの気持ちが通じ合ったせいか、二人ともいつもより触れた部分が熱いと感じていた。二人の視線が名残惜しそうに離れ、和春は欲を振り切るように庭へと下りていく。
 秋風は和春の熱を奪うように吹き、そのあまりの寒さに身震いをする。

「もうすぐ冬か」

 ぽつりと呟いた言葉は乾いた空気に吸い込まれていく。空は冬がやって来ることを知らせるように真っ白な雲に覆われていた。




第一部 完