春姫の顔色を心配して、彼女を抱き上げた和春は話し声がする部屋へと足を踏み入れた。
「和春様に藤子様!良かった、仲直りされたのですね」
「心配かけてしまっていたようだな。すまない」
そう言いながらそっと春姫を下ろし、その隣に座る。春姫は恥ずかしそうにしていたが、目の前に座る彼女の姿を見て眉毛を下げた。
「これは春宮妃様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。今日は何用でいらっしゃったのですか。内大臣家の別荘など何も面白いものなどないでしょうに」
和春が一礼をして、紅子に問う。その瞳は非難めいたものを含んでおり、紅子は気まずさに視線をそらす。
「姉に会うことが用事にはなりませんか」
「いいえ、立派な用事だと思いますよ。春宮妃様が彼女を本当に姉だと思っていればですが」
「なっ……!なんてことをおっしゃるの!無礼よ!」
和春の発した言葉の意図を察した紅子の表情は険しいものとなる。その様子を見ても、和春の態度は変わらなかった。どうして目の前に座るこの女を大事にするのだ、と紅子は僅かな嫉妬を覚える。
「春宮妃様が何をおっしゃろうと彼女を手離すつもりはございません。あまり長居されると噂の種にもなりかねませんよ」
暗にさっさと帰れと促された紅子は、扇を握り締め口を引き結ぶ。
このままのこのこと帰ってしまえば、一生劣等感を抱いたまま生きてゆくことになる。そう直感で感じた紅子は深く息を吸って、春宮妃らしい高貴な笑みを浮かべた。
「そうですわね。和春の言う通りですわ。これから両親に会いに行かなくてはなりませんの。私の報告をきっと両親は喜んでくださるでしょう。……特にお父様は。もしよろしければですが、お義姉様のこともお伝えしましょうか?」
そう問い掛ければ、義姉の顔が曇るのが分かった。両親を引き合いに出せば、彼女の傷を深く抉ることができることを紅子は分かっていた。父親に愛されていないことを痛感すれば良い。紅子の笑みは深く、その瞳の奥はすっと冷めていた。
小さく、弱々しく首を振った義姉を見て、紅子は優越感に浸る。
「そうですか。お伝えすれば、きっと喜ばれると思ったのですけれど……。お義姉様が望まれるのなら仕方ありませんね。それではそろそろお暇致しますわ。お義姉様が私の報告を喜んでくださって本当に嬉しいです。今度は左大臣邸でお会い致しましょう?お見送りは結構ですわ」
そう優雅に微笑むと立ち上がり、連れてきた女房の手を取って、邸を後にした。

