春姫を支えるようにして立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。いつかの子どもの頃も、こうやって歩きはじめの主人のお手伝いをしたなと懐かしい記憶が甦る。
「もう少しですよ、大丈夫です」
視線の先には揉める彼らの姿が見えていた。紅葉は小さく咳払いをして、声をあげる。
「和春様以外は下がりなさい。これは命令です」
揉めていた数人の視線が二人に向く。その姿を見るやいなや、慌ててその場から散り散りになっていった。
「藤子様、行ってらっしゃいませ」
軽く背中を押すと、春姫の足取りは危なげながらもその意思は強く感じられた。もう大丈夫だとその背中を見つめ、紅葉は来た道を戻る。部屋に取り残してきた彼女への対応を済ませなければならない。二人が無事に仲直りできることを信じ、自分が今やるべきことに集中することにした。
「春姫……」
和春は、今すぐにでも駆け寄りたい衝動に駆られたが、前回のこともあり体は言うことをきかなかった。情けないと思いながら立ち竦んでしまう。
そんな和春の瞳を真っ直ぐに見つめた春姫は、深呼吸をしてまた一歩、踏み出した。
歩くたびに感情がぼろぼろと零れ落ちてくる。ごめんなさい、ありがとう、それから……好き。その全てを拾い上げて伝えるにはどうしたら良いのだろうと、迷いながら確実に一歩を踏む。
春姫の想いが和春に伝わったのか、硬直していた体を奮い立たせて、今度は和春が駆け寄る番だった。
二人の伸ばした手が重なり、そのまま引き寄せられるように二人の体が密着する。何年も会えていなかったかのように、強く、互いの体を抱き締める。
「春姫、すまなかった。俺は貴女に、ひどいことを言ってしまった。つまらない男の嫉妬で貴女を傷つけた。……手紙を受け取って、自分の浅はかさを思い知った。それで、居ても立ってもいられなくて……俺は春姫を、失いたくないんだ」
和春の真剣な想いに、春姫の瞳は熱を持つ。和春は衣服が濡れるのも気にせずに、ただ黙って彼女をその腕に掻き抱いた。
嗚咽を漏らしながら、春姫は彼の耳元に顔を寄せ、小さく、だけど確かに囁いた。
しばらく、和春は彼女をただ黙って抱き締めていたが、ゆっくりとその体を離す。以前のような拒絶の態度ではない。緊張した面持ちで和春は彼女の瞳を熱を持った視線で見つめる。
「春姫……いや、藤子様。どうか私と結婚していただけませんか。貴女が嫌と言っても、もう手離してあげられない憐れな男との結婚を」
和春らしい真っ直ぐな告白に、春姫は拒む選択肢が与えられていないことに小さく笑いながら、うなづいて、もう一度彼の腕の中へと飛び込んだ。和春はそんな彼女を愛おしそうに見つめながら、あの和歌の続きをぽつりと呟く。
「貴女の和歌は上の句しか付いていなかったからな」
冷えた体を温めるように、視線が絡まり、二人はどちらともなく唇を重ねた。

