さくらのこえ


「いい加減にしてください。藤子様は愚図でも、不幸でもありません。紅子様より遥かに優れた才をお持ちです。紅子様は努力をされたことがありますか?」
「いきなり何を聞くのよ。私が努力をしていないとでも?」
「私は短い間でしたが、紅子様を側で見て、努力をしていたというふうには見えませんでした。常に他人と比較して、自分が劣っていると感じた時は容赦なく矛先を向け、自分の過ちを顧みなかった。そう、私には見えていました」

 淡々と臆することもなく紅子へと意見を言う紅葉を誰もが固唾を飲んで見守っていた。

「……私だって、努力していたわ」
「いいえ。ご自分の権力を振りかざして、優位に立たれていただけです」
「っ……所詮は負け犬の遠吠えね。私は貴女に何も劣ってなどいないわ。愛も、地位も、容姿だって、何も劣ってなんかいないんだから!」

 紅葉の言葉を聞いて、ゆっくりと起き上がっていた春姫に扇を握りしめた紅子の手が振りかざされた。その瞬間、邸に馬のいななく声と駆ける足音が聞こえてきた。紅子の動きが一旦止まる。

「和春様だわ!」

 紅葉の声に、邸は一気に慌ただしくなった。紅子は震える手をもう片方の手で押さえ込みながら、思考を巡らせる。

「彼をここに入れないでちょうだい」
「いいえ、お通しして!」

 二人の睨み合いは続き、周囲の者もどうしたものかと様子を伺う。当の主である春姫は、気怠さを感じる身体を鼓舞し、気力を振り絞り立ち上がった。

「藤子様?」

 ふらりと足を進めると、上に羽織っていた衣は落とされ、それを合図に春姫は歩みを早める。もう待ってなどいられなかった。いつまでも臆病なまま誰かの差し伸べられた手を取るだけの自分ではいたくなかった。
 謝りたい。
 ただそれだけの感情に、春姫は人目を憚らず廊下へと飛び出していた。入り口の方からはバタバタと何人かが押し問答をする様子が聞こえてくる。
 丸一日寝込んでいた身体は限界のようで、足がもつれそのまま床へとへたり込む。

「藤子様!無理なさらず……藤子様」

 心配で駆け寄ってくる紅葉の手を握り、大丈夫だと笑みを返す。その笑みに紅葉は何故だか泣きたい気持ちになった。

「……覚えていますか。藤子様と離れ離れになってしまったあの日のこと。私は申し上げました。何があっても貴女の味方だと。その気持ちは今でも変わりません。私は貴女に生きていて欲しいのです。誰よりも幸せに、なって欲しいのです。怖くて手が伸ばせないというなら、代わりに私が伸ばして差し上げます。けれど、ようやく藤子様にも自分から欲しいと思って手を伸ばそうとしていることが私はとても嬉しいのです。だから、お手伝いさせてください」

 返事なんていらなかった。握られた手が少しだけ強くなったことに紅葉は涙を堪えて笑った。