さくらのこえ


 どちらも引かない中で、先に動いたのは紅子だった。立ち上がり、春姫の側に落ちた扇を拾い上げると困ったように自分を見上げる瞳と目が合う。

「何よ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 そう義姉を詰るが、それでも彼女は怒りを顕にしない。何故、自分が責められる気持ちにならなければならないのか。紅子の怒りの矛先は真っ直ぐ春姫へと向かっていく。

「何の価値もないくせに……!どうしてみんな、貴女みたいな愚図を大切にするのよ。どうして……っ!」

 紅子付きの女房が感情を高ぶらせる紅子の身体を心配して宥めようとするが、それを振り払い、介入を許さないほどに彼女は追い詰められていた。じわりと瞳が揺れる。

「……消えて」

 冷えた声が室内に響き渡る。

「目障りなのよ。私が欲しかったものを貴女は全部奪っていく。貴女さえ居なければ私は、私は……!」

 紅子の悲痛な叫びがその場にいた人間に突き刺さる。春姫もまたその一人だった。
 また自分が他人に迷惑をかけてしまった。しかもそれは他人よりも近い自分の血縁者。紅子の苦しみを自分が作り出してしまっている。そう気づいてしまった今、春姫は激しい後悔に苛まれる。
 泣き崩れた紅子を呆然と見つめる春姫は、あの日の父の姿を思い出していた。

「……ぃ」
「藤子様?」
「……さぃ、ぉ……さっ……!」

 全て自分のせいだ。あの日、庭で遊んでいなければ。あの日、あそこで倒れていなければ。あの日、我儘を言わなければ。大切な人たちは不幸にならなかったかもしれない。出ない声を絞り出して、ただひたすらに謝罪を述べる。
 額にはうっすらと冷や汗のようなものが浮かび、唇は青ざめ震え、名前を呼ぶ紅葉にも反応することが出来なくなっていた。

「……そうやって自分一人が不幸だって顔をするのやめてちょうだい。虫酸が走るわ。悪いと思うなら誰にも迷惑をかけずにここから消えなさいよ、ねえ!!」

 紅子は力任せに春姫の身体を押し倒す。不意打ちで、紅葉は春姫を支えられず、鈍い音を立てて春姫は床へと倒れた。

「藤子様!」

 既に春姫の思考はおぼろげで、紅子の言葉が呪いのように精神を蝕んでいく。そんなつもりはなかったのに、知らぬ間に紅子を追い詰めてしまっていた。彼女を解放するには自分の存在を消すほかないのだ。
 浅い呼吸の中、ぼうっと天井を見上げ、彼女の意識は失われようとしていた。それを引き止めたのは紅葉の凛とした声だった。