さくらのこえ


 和春がまだ微睡みに身を任せていた時刻に、春姫のいる別荘には一台の車が止まっていた。
 まだ体調の優れない体をおして、いつもより身奇麗に整えた春姫は目の前に座る義妹を見やる。突然の来訪に邸の者たちは様子を伺いながら、静かに見守っていた。

「突然来てごめんなさいね」

 余裕のある笑みを浮かべてしゃんと座る彼女は邸の主人を差し置いて、誰よりも輝いて見えた。そんな彼女に気にしていないと首を振りつつも一体何の用なのかさっぱり分からない春姫はただじっと義妹を見つめる。

「私、今日は良い報せがあって参ったのです」

 ぞわり、と春姫の背中を悪寒が駆け巡る。勝ち誇ったその表情は、近くに座る紅葉さえも厳しい表情にさせた。
 早朝、春姫の手紙を和春に届けるようお願いしてそろそろ彼がやって来てもよい頃なのだが、一向に音沙汰がない。紅葉は内心、和春を意気地のない男だと思い始めていた。ここに和春がいれば心強いというのに、頼りになる男はここにはいない。
 主人は今にも倒れてしまいそうな程、顔色が悪く、それを隠そうとした化粧はもはや意味を成していない。
 次に発された言葉に、紅葉は思わず手で口を覆った。春姫を見やれば、驚いてはいるものの傷ついた様子はなく、ほっと胸を撫で下ろす。春姫にとって彼との間にあった愛情とはとうの昔に別れを告げていたことを紅葉は認識していた。

「……あまり驚かないんですのね」

 もっと傷ついた表情を見せると踏んでいたのかつまらなそうに呟く彼女に、紅葉は厳しい顔を隠そうともしなかった。
 スッと細められた涼し気な目元は、春姫を睨みつける。彼女の口元が動いた時、衝動的に、持っていた扇を彼女へと投げつけた。

「何をなさるんですか!」

 思わず紅葉は立ち上がり春姫を庇う。以前と変わらない強い眼差しに一瞬怯んだものの、立場的には圧倒的に上だと思い直し、ふんと紅子は澄ました顔で言葉を紡ぐ。

「私が何をしようといち女房が私に指図できる立場なのかしら?身分を弁えなさい」
「いいえ。ここでは藤子様が主人です。いくら貴女が春宮妃といってもやって良いことと悪いことがございます。ご退出ください」
「何ですって」

 紅葉の言葉に紅子の声が苛立ちを含む。扇を投げつけられた春姫は紅葉の袖を掴み、大丈夫だと伝えるが、紅葉は引かなかった。

「ですから、ご退出くださいと申し上げました」
「嫌よ。何故貴女に命令されなくてはならないの」

 二人の視線がぶつかり、見えない火花が飛び散った。こうなってしまった紅葉は止められない。春姫はおろおろと紅葉の袖を掴んだまま視線を彷徨わせていた。