「和春殿はひどく後悔しているようだね」
「あ……ええ、まあ……」
「もうすでに言われているかもしれないけど、女というものは男の言葉一つで天にも地にも向かう。……自分なりの言葉で精一杯伝えれば、きっと届くよ」
「……そうであることを祈ります」
我ながら随分弱気なもんだと思いながら、そう呟けば、面白そうに和春の前の男は笑った。
「大丈夫さ。彼女が言うんだから」
「それもそうですね」
涼しさが肌寒さに変わる頃、酒瓶は空になり、お開きになった。
和春は来客用の寝台に横たわりながら、最後の、あの瞬間を思い出していた。顔を上げることもなく、ただ耐えていた小さな背中。それを振り切ったのは他ならぬ自分であるのに、頭の中に浮かぶその男が和春は許せなかった。
独占欲、というものが働いてしまったのか。そんな優しいもので片付けられるものならばとっくに片付いているというのに。和春は一瞬でも疑ってしまったという醜い感情に振り回されていた。
今頃彼女はどうしているだろうか。自分を責めて塞いでいなければ良いが、と無責任な考えを浮かべては取り消し、最悪の出来事を想定しては頭を振って払い落とす。姉の助言で安心したのも束の間、暗い中では思考はどんどん悪い方向へと向かっていく。
「考えても仕方ないか……」
そう呟いて無理やり目を閉じれば、酔いも手伝って瞬く間に眠りに落ちていった。
翌日、目が覚めたのはいつもより大分遅い時刻ではあったが、まだ朝と呼べる頃だった。人を呼び、朝の支度を済ませると、姉のもとへ向かう。
「おはよう。随分お寝坊さんね」
「おはようございます。ここ数日眠れていなかったものですから」
「そうだったの。ゆっくりできたようで何よりだわ」
「はい」
「行くんでしょう?」
「はい。俺にできることはそれだけです」
和春の返事に笑みを浮かべた姉は、頑張ってくるのよと激励を飛ばして和春を送り出した。
一旦邸へ戻ると、見覚えのある少年が邸の前に立っていた。
「お前は……」
「あ、和春様!お戻りになられたんですね。紅葉さんからこれを届けるようにと頼まれてきました。言伝ですが、書きかけですが春姫様のお手紙になります、と」
「春姫の?」
恐る恐るその手紙を受け取り、自室に入り腰を下ろすとそっと手紙を開いた。そこには柔らかな筆跡で和春への感謝と気持ちが綴られていた。最後に上の句だけが書かれた書きかけの和歌がある。その字をなぞるように手で追えば、愛しさが込み上げた。
居ても立ってもいられずに、手早く着替えを済ませると共も連れずに一人馬に乗り、走り出していた。懐にはあの手紙を入れて、手綱を握りしめる。
「春姫……!」
その声は、聞けば誰もが胸を締め付けられる切なげで甘く、愛しさを含んだ声音だった。

