「もしかして嫉妬をしたのか」
「う゛……」
「そうかそうか。あの堅物の和春が嫉妬か」
言葉を詰まらせる和春に、ますます興味を持った春宮は何をしたのかと聞いた。その返答に彼の表情は険しいものになる。
「それはお前が悪い」
「分かっております」
自分の仕出かした事の重大さを改めて感じてしまう。悶々と悩む姿を眺めていると、春宮は自分もその一端を担ってしまっていることを僅かながら反省し始める。
自分より歳上の人間が思い悩む姿は大人だと思っていても実は自分と大差ないのだと親近感さえ感じさせた。
「……分かった。和春には暇を与えよう。仲直りしてくるまでは戻ってくるな」
「は……?」
「誰か!この者を連れ出してくれ!仲直りしたその旨を彼女から手紙を貰わない限り、ここに来ることを許さぬ」
「え、ちょっと、春宮様!?」
「私が見たいのはお前の辛気臭い顔じゃなく、彼女の嬉しそうな顔だからな」
その発言が自分を思ってのことだと分かり、慌てつつもお礼をする。もっとも、春宮としては彼女の幸せの為にした発言なのであるが。目の前の頼りになる男は、いつか自分が最高位の立場になっても横で支えてくれるだろう。ならば恩を売っておくことに越したことはない。
「仲直りできることを祈っておくよ」
そう言って扇を広げながらうちくつろぐ姿は貴族であることを思わせる優雅な仕草だった。
その直後、二人の会話内容を女房づてで聞いた紅子は、いなくなってもなお自分の前に現れてくる異母姉のことを憎々しげに唇を歪めた。
「次官の後を追ってちょうだい」
このままではようやく手に入れたこの地位さえも脅かされてしまうのではないかと焦燥さえ感じる。春宮が望めば叶わないことでもないことが余計に恐ろしかった。
「駄目よ、絶対に駄目。そんなことがあっていいわけないわ」
ぐらり、と視界がふらつく。派手な音を立てて紅子はその場に倒れ込んだ。
「春宮妃様!」
「大丈夫ですか!お気を確かに……!」
次に目を覚ました彼女が浮かべたのは勝利の笑みだった。
この事実さえあればあの女に脅かされることなどない。
ただそこに在るだけで空気を澄ませる彼女が嫌いだった。父が一番愛したという女の面影を残すあの美しい顔が嫌いだった。母がことあるごとに癇癪を起こして、その度に自分へと重いくらいの愛情を注いでくる原因となるあの女が憎かった。だが、これでもう怖いものなどない。自分は勝ったのだ。
安定するまでは静かにしているようにと言われたが、その日のうちに里下がりをお願いし、早朝、春宮妃を乗せた車は左大臣の邸がある方角へと向かわずにある目的の場所へと向かったのだった。

