日の入りの早まったことを感じていると、車はようやく邸へと到着する。周囲の者を制し、春宮は春姫を抱き上げ堂々と部屋へと足を踏み入れた。
紅葉は事の顛末を分かっている為、動じることはないが、それでもやはり周囲の反応にため息を零した。
「紅葉さん、紅葉さん!」
三日ぶりに戻って来た邸の主人があの時連れ去った見知らぬ男に抱えられてきたのだ。気にするなと言う方が無理だろう。
「傍でしっかり見張っていましたから何もありませんでしたよ、何も。あの方は主人の古い友人なのです。兄妹のように過ごしていたので大目に見てあげてください」
「そうだったんですね。伝えてきます」
「ありがとうございます」
"何も"と強めに言えば、和春の邸できっちりと教育されているせいか噂好きな者であっても興味津々な視線を向ける者はいない。そのことに安堵しながらも、二人の後を追う。
壊れ物を扱うかのようにそっと床に下ろせば、離れ難い感情が二人を襲う。沈黙を破ったのは春宮だった。
「君に会えて本当に良かった。……さよならだ」
春宮の言葉に、春姫は思わず彼の首に手を回す。全身で春宮に自分もだと、会えたことへの嬉しさを伝える。様々な感情がないまぜになり、二人の視線が絡まった。どちらともなく唇が重なる。ほんの一瞬だけだったが、それだけで充分だった。
泣きそうで、だけど美しい笑みを浮かべた春姫を見て、忘れるにはもう少し時間が必要だなと春宮もまた笑った。
「出せ」
ガラガラと春宮を乗せた車が去ってゆく。半ば夢心地の中で、春姫はその音に耳を澄ませていた。
喉へと手を伸ばして、ため息をつく。この声が届いたのなら、ありったけの想いを彼の中へと紡いでいけるのに、自分の声はまだこんなにも弱い。
元気にしているだろうか。会えていない期間はそう長いものではないはずなのに、会いたい気持ちが春姫の心を占める。たまには自分から手紙を書くのも良いかもしれないと、既に横になっていた体を起こし、明かりを取り寄せ文机に向かう。
「藤子様?」
物音に敏感になっている紅葉が、春姫が起きていることを知り、声をかけた。そのことに申し訳ないと感じつつも、床を叩き入室を促す。
「まだ起きてらしたのですね。あら?お手紙ですか」
質問に頷き、手元の紙に言葉を書きつける。
『和春様に書こうと思って』
「そうなのですね。もう少しでひと月経ちますけれど、お手紙のやり取りは少なかったですものね。きっとお喜びになられますよ」
紅葉は遅い時間にこんなことをする自分を咎めるでもなく、にっこりと笑ってそのまま退室していった。一人になった春姫は、秋の肌寒さに身を震わせ筆を取る。

