二人で横になりながら、春宮は春姫にこれまでの面白かった出来事などを聞かせる。灯りを手元に寄せて、春姫も自分の話を紙に記して会話は弾んでいく。
やがて夜も更け、春姫は次第にうとうととまぶたが重くなってくるのを感じていた。そんな春姫を見つめながら、春宮は目を細める。恋は終わってしまっても、胸に残る愛情は消えはしない。大切な人に触れる春宮の手は、春姫にとって心地の良いもので、それがまた睡眠を誘っていた。
「もう少しだけこっちにおいで」
警戒心の解けた春姫は、言葉に従って彼の腕の中に飛び込む。衝動で全てに触れたくなる気持ちを抑え、春宮はその柔らかな黒髪を撫でることに集中した。
幼い日に、麗らかな日差しの中で昼寝をしたように、その優しい香りを吸いながら、春姫は安心したように眠りへと落ちていった。
「……おやすみ、藤子」
誰にも知られることのない最初で最後の口づけを彼女の額へと落とす。
これから先、会えることなどきっとない。今だけは、この時間を誰にも手渡したくない。そっと灯りを消し、温もりを確かめるように抱きしめながら、春宮もまた、目を閉じた。
✻✻✻
翌朝、紅葉が気を利かせてか、いつもよりは大分遅い時間に目を覚ます。腕の中に収まっている春姫は、まだ眠ったままだ。
春宮の身じろぎで目が覚めたのか、眠たそうにまばたきを繰り返している。
「おはよう」
春宮が笑いかければ、ふにゃりと寝ぼけ眼で彼女は笑う。そんな姿さえ愛しいと思いながら、乱れてしまった髪を梳いて整えてやる。
「今日は近くの川辺にでも行って、ゆっくり過ごした後に邸へ帰ろう」
最後だというのに春宮の心は不思議と穏やかだった。
車に乗り、秋晴れの中、二人は兄妹のように童心に返り時間を過ごす。そんな二人の様子を微笑ましく見つめる紅葉は、帰った後のことを何と説明するべきか考えていた。
「和春様に伝わっていなければ良いのだけれど」
こんな大それたことが起こってしまった今、二人の心境や過ごし方がどうであろうと周りの余計な勘繰りは避けられない。主人の顔が曇るようなことだけは絶対に起こってはいけないと、ぎゅっと拳を握りしめた。
秋晴れとはいえ、空気は冷たい。肌寒さを感じた頃に、車は邸に向かって走り出す。
「私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
車の中で、春宮は春姫の手を握りながらそう告げる。一時はどうなることかと心配していた紅葉も安心して二人を見つめていた。
「これからは友人としてまた、仲良くしてくれると嬉しい。手紙を書いても良いだろうか」
「ではまず、和春様に許可をいただいてくださいね」
「友人でも許可がいるのかい?」
和春の嫉妬深さに呆れながらも、それほどまでに魅力的である春姫を前にすれば無理もないかと小さく笑いが漏れる。
「この件を伝えていないだけでも感謝してほしいくらいですよ」
春宮にずけずけとそんなことを言う紅葉に、困ったように笑みを浮かべる春姫の髪を春宮は撫でた。今、こうして目の前で触れられていることが未だに信じ難い。それももう無くなってしまうかと思うとやはり惜しいなと、春宮は思う。

