存外穏やかに事の結末を迎えた一方で、春姫が拐かされたという報せを受けた紫はどうしたものかと頭を悩ませていた。
報せは和春の住まう内大臣家に届き、この頃役所に詰めてばかりの和春に届くよりも先に紫が受け取っていた。ひとまず、報せを届けた者には休んでもらい、その詳しい内容を教えてもらう。
「では、紅葉も一緒に連れて行ったのですね」
「は、はい。その紅葉さんから言伝がありまして……何か危険なことがあれば連絡を出すから大事になさらないでほしいと、それから三日で戻る、と」
「そうか……ご苦労だったな。昼まで休むといい」
紅葉という女房が春姫と拐かしたその男についていった。声の出ない主人に代わり、きっと反抗しているのだろう。彼女からの言伝通り、連絡がない限りはどこにいるのかも分からないのだから待つほうが得策ではないかと紫は考え込む。
むしろ気がかりなのは、このことが和春に伝わるとどうなるのか、という一点だった。春姫のことになると周りが見えなくなってしまうらしい自分の主は、きっと職務を放り投げて捜しに行くに違いない。紫にとって、それだけは避けたい事態だった。
もちろん春姫たちを心配していない訳ではないが、やはり一番は主人たる和春の評判を落としかねない出来事が起こってしまうことが紫を憂えさせていた。
「とりあえずは様子見というところですかね……便りがないのは良いことと思うしかないのでしょう」
この話を見聞きしていた者には口止めを行い、和春には絶対に漏らさないよう厳令を敷いた。
何故すぐに教えなかったのかと怒る未来も見えたが、自分一人が泥を被るくらいならばそれでも良いと、紫は人知れずため息を吐いたのだった。
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「明日、そなたたちを邸に送ろう」
夕餉を済ませ、朝よりはくつろいでいる二人に、春宮は伝えた。二人には安堵の空気が漂ったが、春姫はふと、それでは今日が最後なのだと悟る。
その表情に、春宮は少しだけ残念そうに春姫の手を握った。
「もし、君が良いと頷いてくれるのなら、あの時のように隣で話をしながら寝たいのだが、どうだろうか」
年頃の男女が共寝をするなど、世間が見たらはしたないと咎められてしまう行為ではあったが、ここには誰も咎める者などいなかった。春姫もこの手を離すのはもう少し後が良いと、その問いかけに素直に頷いた。
「藤子様を傷つけるようなことをなさったら春宮様でも私、許しませんからね」
「分かっているよ」
紅葉の念押しに苦笑しながらも、春宮は幼かった心に戻るような気持ちを感じていた。彼女が好きな話は今も変わらないだろうか、どんな話なら笑ってくれるだろうか……もうそれだけで春宮の心は満たされていくようだった。

