それから初夏が訪れ、夏が過ぎ、秋が始まろうかという季節まで進んだ。
 夏の装いは終わりだろうかと肌寒さを感じる春宮の耳に探し求めた彼女の情報が入ってくる。

「それは本当か?」
「はい。しばらく小間使いとして送っていた者からの話なので間違いないかと」
「そうか……ご苦労だったな。引き続きよろしく頼む」
「はい。……くれぐれも怪しい気は起こさぬようにしてくださいね」
「分かっているよ」

 忠告を受けた春宮はため息を吐きながらほおづえをついた。これからどうすべきかを秋空が移りゆく中で思案にふける。いくら愛しい者を見つけ出したからと言って即座に動けるほど己の身分は低くないことも分かっていた。それに、自分は既に左大臣家の娘を召し上げている。彼女の幸せを思えば、このまま会うことや手紙を出すことはしない方が良いのかもしれない、と分かっていてもやはりこんなにも近くにいるのならばと答えの出ない考えを行ったり来たりしている。

「困ったものだ」

 自嘲するかのように呟いて、寂しげな笑みを浮かべた春宮は、再び肌寒さを感じながらため息をついた。


「お久しぶりですね、最近はお忙しかったのでしょうか」
「まあな。中将も楽じゃないよ。春宮妃は春宮様と仲良くやっているのか?」
「それなりに」
「そうか。父上は気になって気になって仕方が無いみたいだぞ。会いに行けば良いのに若い者たちに交じるのは気が引けるんだそうだ」
「まあ。それじゃあ今度はお手紙でも差し上げようかしら」

 表面上は仲の良い兄妹の会話であり、傍から見ても楽しそうにしているように見える。だが、中将は呼ばれない限り妹の元へ足を運ぶことは無かった。
 ここ最近の中将は春の頃より一段と凛々しくなったと宮中でも女房の話題の的であった。これで結婚をしていなければ余計に話題にされていただろう。二人の会話を聞きながら、側に仕える女房たちは見逃すまいと中将を見つめていた。

「ところで……兄様は最近遊び歩いていると噂になっておりますよ。北の方様もいらっしゃるのに何をしていらっしゃるの?」

 無邪気なようでいて、棘のある話し方に中将は呆れたように笑う。自分にとっては大切な妹の一人に変わりは無いが、どうにも気位の高さは好きになれないところであった。

「大したことじゃないさ。しいて言えば、弟分がそろそろ結婚するんじゃないかって楽しみで仕方がないところだな。いろいろと入用なものもあるだろうし、俺が力になってやらないと」
「……随分な肩入れようですね」
「何せ二人とも俺にとっては大事な者だからね」

 紅子が少しだけ声音を固くしたが、中将は気づかず上機嫌で目の前に置かれた菓子をつまむ。
 果たして、兄に肩入れするような女がいたのかと紅子は疑問をふくらませる。居たとしてもそれは近親者以外に思い浮かばない。

「まさか」
「どうした?」
「あ、いえ。そのお菓子、いかがですか?唐から取り寄せたものなんですよ」
「へえ、そうなのか。これ、まだあったりするか?」
「ええ、こちらに。お持ちになられますか」
「いいのか!頼む」

 話題をそらし、女房に菓子を包ませている間、紅子はある答えを導きだしていた。