あまりの悲嘆ぶりに、紅葉は思わず訂正を入れてしまう。

「見つけられなかったのは私の力不足です。ですが、これ以上は私も辛く……。主人が幸せでいてもらえるよう私には願うことしかできません」
「そうか……だが、私が呼んだ時には駆けつけてきておくれ。縁の紅葉と語ることも私の楽しみだったのだから」
「……はい。ありがとうございます」
「しばらくは引き継ぎもあるから居てもらうことになるが、準備もあるだろう。一旦退出してまた参内してくれ」

 それ以上はお互い何も言うことができず、静かに紅葉は春宮殿を退出した。
 紅葉が去った後、春宮は近くにいた者を呼び寄せ、紅葉の後をつけるよう言いつけた。どうしても諦めきれず、いち早く情報を手に入れるのは紅葉であると踏んで、行動に出たのだ。
 そんなこととはつゆ知らず、紅葉はまっすぐ春姫の居る邸へと向かう。邸に居た春姫と和春に報告を済ませ、そして再び春宮殿へと引き返した。


「……なるほど。では左大臣邸には戻っていなかったのだね」
「はい。彼女はここから少し離れたある邸に戻っていきました。どこかの貴族に仕えているようです」
「そうか。ではその邸をもう少し観察してみてくれ」
「分かりました」

 春宮は報告を受けながら、最近強くなった日差しに目を細める。紅葉が何故嘘をついていたのか気になるところではあったが、責める気にはならなかった。左大臣邸に戻らないのも、そこに主人が居ないのであれば仕える他の理由が無いのだろう。
 もし、もしその邸にずっと捜していた彼女が居るのならば、次こそは離すまいと春宮は扇を握りしめる。
 最近では春宮妃からの呼び出しも滅多に無くなり、独身のように男たちと遊びに興じていた。彼らから聞く恋の話は羨ましく思えてしまう程、情熱的で幸せなものであった。話を聞きながら、彼女とならばきっとそのような恋愛話のように愛し合えるのに、と心の奥でそっとため息をつくのが習慣になってしまっている。

「失礼いたします。春宮様、春宮妃様が参られました」
「……通してくれ」

 春宮は、久方ぶりの来訪にも心踊ることが無くつまらなそうに扇を開いたのだった。

「お久しぶりでございます」
「ああ」
「しばらくお加減が悪いと聞いていましたが、元気そうで良かったです」

 紅子の問いかけに上の空で返事をしつつ、思うのは成長したであろう彼女の姿で、片時も春宮の頭を離れることは無い。そんな春宮を見つめ、紅子は美しい顔を僅かに歪ませる。ふと、春宮が紅子をじっと見つめた。端正な顔立ちをした春宮に見つめられ、紅子は不意に頬を赤らめる。

「な、何か?」
「いや、君はいつ見ても美しいなって思っただけだよ。君の家系は美しい人が多いのだろうね」

 その言葉の真意を読み取ることが出来ないくらい、春宮の言葉に心臓が高鳴ってしまっていた。
 そんな紅子に対して、じっと見つめる春宮はその中に彼女の面影を探していた。父である左大臣の姿を思い出し、口元辺りが似ているだろうかと考える。

「……そうですわね。兄様たちも女性に人気なようですわ」

 静かに息をついて冷静を装いながら、誰もが振り向くような笑みを浮かべる。紅子にとって何人に振り向かれようと目の前の人物ただ一人が自分を見つめてくれればそれで良かった。
 そんな二人の胸の内は明かされることすら無く、ただ、少しずつすれ違っていくばかりだった。