さくらのこえ


 和春が邸で微睡む中で、紅葉は静かに散り始めた桜を眺めていた。少しだけ言葉を交わしたことで、和春への紅葉の評価が変わっていた。
 心無い人物が藤子を助けていたらどうしようかと思っていたが、相手は内大臣の嫡子であり、将来が約束されている人物であったからかも知れない。安心はしたもののやはり憂うのは藤子と春宮の仲である。

「どうしたものかしら……」

 藤子が見つかったと春宮へ報告したら、彼は藤子を迎えるだろうか。迎えたとして、藤子は果たして幸せになれるのだろうかとあれこれ悩みをふくらませる。
 紅葉としては互いの気持ちを知っているからか再会できるのが一番なのだろうと思っている。

「藤子様に、お会いしたい」

 そうして思い悩んでいるうちに、紅葉は流行り病に罹ってしまった。宮中を退出して、紅葉は左大臣家ではなく中将の元へ引き取られた。

「中将様、私は藤子様にお会い出来るでしょうか……」

 すっかり気弱になってしまった紅葉を、中将は可哀想だと思いながらも励ましの言葉をかけることが出来なかった。
 紅葉の病は中々良くならず、そのことは中将づてで和春の耳にも入ってきた。

「彼女が元気になってから春姫に会わせるつもりでしたが……すぐにでも会わせてしまった方が良いかもしれませんね」
「ああ。どうにも自分を責めているようで見るのも辛い」
「分かりました。今日中に伝えに行きます」
「優秀な次官殿が味方で嬉しいよ。頼んだぞ」
「ええ」

 和春はすぐさま仕事を終え、一人春姫の元へ馬を走らせる。

「春姫はいるか」
「奥の部屋でお休みになっていらっしゃいますよ」

 今日は事前に文を送らずに来てしまった為、部屋に入る前に一言声を掛けた。
 衣擦れの音がして、床を叩く音が聞こえた。それを合図に和春は姿を現す。

「突然すまないな。ああ、そのままでいい」

 どうやら寛いでいたようで、取り繕う形で服装を正していたのを和春は気にするなと制する。恥ずかしそうにしつつも言われた通りそのまま和春に向き合う。

「以前話していた紅葉のことなんだが」

 紅葉の名前を出すと、春姫の顔に緊張と期待の入り混じった表情が浮かぶ。

「実は、少し前から紅葉の具合が良くなくてな……良くなるまで、会わせるのを先延ばしにしていたんだ。だが一向に良くならないみたいで春姫に会いたいとずっと申しているらしい」

 それでと和春は言葉を続ける。

「紅葉を連れて来てここで療養させるのはどうかと思っている」

 それを聞くと、春姫は嬉しそうに小さく頷いた。そんな春姫を見て、和春は思わず彼女を抱き寄せる。
 桜の木が次第に緑へと染まっていく中、二人は静かに互いの温もりを感じていた。