「藤子様。さ、やりましょう!」

 双六の用意が出来たようで、藤子はそちらへと意識を戻す。

「今回は私が勝ちますからね。いきますよ「紅葉ー!紅葉はどこにいるのー?」


 始めようと意気込んだところで紅葉が呼ばれてしまう。

「藤子様、あの……。」

 申し訳なさそうに藤子の顔を覗き込むと、彼女は行っておいでと頷いた。

「すぐに戻りますね!」

 紅葉は立ち上がり呼ばれた方へと行ってしまう。



 藤子には分かっていた。
 すぐには戻ってこないことを。

 紅子付きの女房たちが紅葉を取り込もうとしているのだ。
 藤子のもとから引き離すように。


 そっと首へと手をやる。

 声が出ないことで彼女は左大臣邸で隠されて育ってきた。
 盛大に行われてもおかしくはない裳着さえも父である左大臣が格別取り計らうこともなく、形ばかり成人となってしまっている。

 外はバタバタと人が行き交っており、左大臣家をあげての催しということで、家を出た兄弟たちもこの時ばかりは帰ってきていた。

 目の前に置かれた双六の盤上を何をするでもなく触れて、静かに盤上を動かす。そんなことをしていると不躾に人が入ってくる音がした。

「ああ疲れた疲れた。あ、いたのか。これは失礼」

 入ってきたのは藤子と同腹の兄、藤の中将であった。彼は唯一、藤子を疎まず気にかけてくれる味方なのだが、今日ばかりはそうもいかなかった様子だ。
 気にしていないと盤上を叩き、意思を伝える。

「藤子、もう少し明るいところにいたらどうだ?こんなとこじゃ具合も悪くなりそうだ。もしかして父上から何か言われたのか?」

 藤子の前に腰を下ろし、そう告げる中将に首を振って否定をする。近くに置いていた紙を取り、藤子は筆談することにした。

『せっかくの祝いの場にいては迷惑だと思ってここにいます』
「俺は気にしないけど、まあ、そうだよな。全くアイツときたらこんな時だけお兄様あれを用意してだの何だのって騒いでるんだよ。おかげで疲労困憊」
『紅子も緊張していらっしゃるのよ』
「そうかあ?今から楽しみでしょうがないって感じだったぞ」
「中将様どちらにいらっしゃいますか。紅子さまがお呼びですよ」
「あー、っと、呼び出しだ。俺じゃなくて別の兄に頼めよなって。じゃあ藤子悪いけどまた後でな」

 藤子がうなずくと中将は外へ出て、慌ただしさの中へ紛れていった。
 小さくため息をついて再び喉に手をやる。