さくらのこえ


 夜も更け、通りはほとんど出歩くものがいない中で一台の車が静かに走っていた。

「そういえば妹が見つかったことの喜びでつい忘れてしまったが、お前は妹が好きなのか」
「ええ、誰にも譲る気はありませんよ」
「俺にとって自慢の妹なんだ。お前がそう思ってくれることがすごく嬉しいよ」

 中将は心から嬉しそうに和春の背を叩く。最初から反対する気は無いようで、和春の背を押すように中将は歓迎の言葉を述べていく。

「自分のことを後回しにして相手の幸せを願う。他人の痛みに敏感な子でもあるんだ。お前のもとで気を許しているのなら、大事にしてやってほしい」

 思い返せば春姫は一切の我儘を述べなかった。常にどこか遠慮がちで、何か行動する時は相手の心に寄り添うようだった。それはやはり母を目の前で殺されたからなのだろうか。和春は話を聞きながら思案する。
 そうしているうちに、別荘へ車が引き入れられた。

「二人で話したいこともあるでしょうから、私はこの辺りでお待ちしてます。後は紫の案内に従ってください」
「分かった。ありがとう」

 高鳴る胸の鼓動を感じながら、中将は紫の案内のもとに春姫がいる場所へと向かって行った。

 車が引き入れられる音に、春姫は反応する。ついに兄と再会できるのだ。会わない時期はそう長いものではなかったのに、何年も会えなかったような心持ちであった。そわそわと居住まいを正し、御簾に透ける月を眺めた。

「春姫様、紫です。中将様をお連れしました」

 紫の声に、春姫は床を叩いて返事をする。合図を受け取り、一人の人物が室内へと入ってきた。

「藤子?」

 変わらない優しい兄の声に、春姫は思わず立ち上がり中将の前に飛び出した。対面した二人は、懐かしさからかお互いの存在を確かめるように抱きしめあった。

「ずっと……探してたんだぞ」

 怒るような口調なのに、その声音はひどく優しい。それが春姫には痛く胸にささる。嬉しさと、困らせてしまっていたことへの申し訳無さにじわりと瞳が濡れる。

「生きていてくれて本当に、よかった」

 中将の抱きしめる力に熱が籠もる。改めて妹を見下ろすと、大切に扱ってもらっていたのか隅々まで手入れが行き届いてると見て取れた。素性も分からなかったはずなのに、和春の周りは優しさで溢れているなと中将は心の中で思う。彼はいつだって真っ直ぐに物事にぶつかっていく。そんな場面を何度も見てきた。今回のことも自分たちの絆を感じて手引きしてくれたのだ。幸か不幸か、妹が和春に出会ったことは何かの縁なのだと思わずにはいられなかった。