静かな空気の中、和春は春姫へ先日の話を話し出す。

「春姫……もしかしたら春姫にとって良い知らせではないのかもしれないが聞いてほしい。藤の中将様が貴女を探しているようなんだ」

 途端、春姫は顔を上げ、和春を見る。彼女は嬉しいようで悲しそうな表情をしていた。

「過去に、何があったのかは俺には分からないが、もし会いたいと思うなら手引きしたいと思う。それから……春姫が良いなら、過去のことを教えて欲しい」

 その瞳は真剣そのもので、春姫はずっと閉ざしていた心の鍵が外れそうになる。裏表の無いその表情に、言葉に、この人なら……と戸惑いがちに春姫は頷いた。

「ありがとう。口外は絶対にしない」

 それから春姫はゆっくりと字を綴り和春に自分の過去について伝え始めた。

『藤の中将は私の兄です。既にご存知の通り、私は左大臣家で育ちました。だけど、七歳の時に母を殺されてから声が出なくなりました。そのせいで誰に知られることもなく生活していたのですが、私の存在が誰かの邪魔になるのならとあの夜、家を飛び出したのです。それから和春様に出会いました』
「そうだったのか……。左大臣家に戻ることは考えているのか?」
『いいえ。左大臣家にとっても私はいない方が都合が良いと思うのでこのまま消えてしまおうと考えています。もし、和春様が私を受け入れていただけるのならここに置いていただきたいです』
「それはもちろんいて欲しいが……じゃあ中将様には会いたいと思うか?」

 そこで春姫の筆が止まった。本心としてはとても会いたい気持ちが強かった。あの邸で唯一気にかけてくれた大切な兄なのだ。けれど会ってしまうことで兄の立場が揺らぐのならば会わない方が良いのではと春姫は考え込む。

「もし会うとしても誰にも気付かれないようにしたいとは思っているよ。それでも会いたくないと言うのなら引き止めない」
『……会いたいです。すごく』

 その言葉に和春は静かに頷いた。

「中将様に会えるのはもう少しだけ先になってしまうと思うが待っていてくれ。必ず約束は守るよ」

 それぞれが胸の内に抱えたものを吐露しながら、春の陽射しは二人を柔らかく包んでいた。