春宮が去った後、紅子は苛立ちを隠せなかった。左大臣の姫を是非と言っていたはずなのに、何故こんなにも距離を感じるのだろう。

「紅子様、お菓子などはいかがです?」
「いらないわ」
「じゃあ物語でも……」
「そんな気分じゃない」

 おろおろと自分の機嫌を取ろうとする女房たちにますます苛立ちを覚える。
 さっきの春宮の様子は明らかにおかしかった。紅葉の名前を聞いてからだ。過去に紅葉と何かあったとでも言うのか、紅子の視線は紅葉に注がれる。

「紅葉、ちょっとこっちに来なさい。他の者は下がってていいわ」
「は、はい」

 この場にいなくて良いとほっとしているのかそそくさと部屋を退出する女房たち。紅葉はじっとそこから動かなかった。

「聞こえなかったの?紅葉」
「聞こえております」

 それでも頑として動こうとしない紅葉に紅子は声を荒らげる。

「聞こえているならさっさとしてちょうだい!」
「嫌です」
「何が不満なの」
「……お気づきではありませんか?」
「何を」
「藤子様が消息を断ったこと、ご自分のせいだと思われませんか」

 静かに、怒りを抑えた声が響く。
 ……思わないことはなかった。たけど、それは自分には関係ないと思うことで切り捨てようとしていた。彼女より自分は優れていると思っていたのに……どうしてこのような感情を受けなければいけないのか紅子は理解できなかった。

「私は関係ないわ」
「紅子様がどう思っていようと私は貴女が許せません。……手放してしまった自分も許せない……。だから私は貴女に心からお仕えすることはありません」
「な……っ!」
「春宮様が紅子様に対してあの様子なのも理由を私は存じ上げております」

 やはり紅葉は春宮と面識があるようで、その口ぶりは確信を持っていた。

「何を知っていると、言うのよ……」
「春宮様の想い人です」

 知りたくなかった。望まれて、自分もその気になって、入内したというのに。紅子は言葉も出なかった。
 対して、紅葉は自分が仕えた一番大切な人を想い、怒りを噛み締める。藤子が死んだことを信じてはいない。だが、どこかで幸せになっていて欲しいと願うことしかできない無力な自分への怒りも湧き上がる。

「お話はもうよろしいですか。失礼します」
「…………」

 凛とした紅葉の姿はこの場にいる誰よりも気高く見えた。
 どうしてこんな辱めを受けなくてはならないのか。紅子は怒りで身体が震える。

「ふざけないでちょうだい……!絶対に春宮様のお心を手に入れて貴方を跪かせてやるわ」

 女というものは恐ろしいもので、紅子は怒りの矛先を紅葉に向け、何としてでも春宮を手に入れることへの執着が始まろうとしていた。