私は、受付に向かう前に、最終確認のために、チケットを手探りして探した。確か、貴重品だから、封筒に入れて、更にお財布の中に入れていたはずだった。


「よし。あった、バッチリ。」
思わず、声に出してしまいかけて、すいません、と、小声になる。
美術館というのは、靴音さえはばかられる様な、静かな空間である。
私は、ヒヤヒヤしながら、入り口、と、書かれた貼り紙のホールを見つけた。二階の展示コーナーが、会場らしい。
受付嬢らしい女性に、握りしめていたチケットを、手渡しつつ、落ち着いている感じで、少し背伸びして、気になっていることを尋ねてみた。
「谷川俊太郎さんのサイン会があると聞いて来ました。まだ入館、間に合いますか?」

きちんと、お化粧をした、その女性は、申し訳なさそうであり、気配りをした声色で、しかし毅然とこう言った。
「サイン会でございますか?サイン会でしたら、先程、終了させて頂きました。申し訳ございません。」
入り口と、反対側に設置された、出口のコーナーからは、沢山の人達が出てきて、興奮ぎみに、サインにみいって話す二人組や、サイン色紙をしまう女性や、家族だろうか、親娘のペア、単独で並んだかのようにみえる男性等、人並みが流れていくのが見つけた。
「入館は間に合うのですが、いかがなさいますか?」
そんな、間に合わなかったなんて!
心の中に、落ち込んでいるのが伝わったからか、受付嬢らしい女性は、顔色を伺って、そう言った。
「わかりました。初日、楽しみにしていたので、入ります。」
お気遣いありがとうございます、位は普段なら言えたはずだ。初日のサイン会があると聞いて、ウキウキしていたから、残念で残念で仕方ない。
気を取り直し、私は、半券をうつむき加減に受けとると、入り口に入れて貰ったのだった。