カツン、コツン、カツン。
学院指定のヒールが少し耳障りな気がして、少し気が引ける。
夕日が沈む前に来れて良かった、思わず嬉しくて、いつもよりドキドキ、ソワソワしながら、自動ドアをくぐる。
いつも通いなれた、この愛媛県立美術館は、私の憩いの場所だ。
お堀に囲まれた南側にあたるその場所には、青龍学院から、自転車で15分くらいの距離があったが、わざわざ放課後立ち寄ったのには、理由があった。
『クレーの天使』展2015、ソワソワの理由は、このイベント開催にある、と断言しても、過言ではなかった。
今日からの催事は、私が長年、生まれてこのかた、一生に一度といっても、叶わない実現不可能と思っていたことが実現した展示ばかりが並べられる予定だ。
「小鳥、小鳥、小鳥。ビッグチャンス。あのね、小鳥の大好きなクレー展今年あるらしいよ‼」
開催日の情報等は、愛媛新聞、所謂地方新聞社による記事が発端だった。
母の温美が、朝方、私の部屋に、バタバタ階段を上がって、駆けつけて知らせてくれた。
「ほっ、ほ、本当に?」
朝はからっきし弱い、私の眠気眼を擦りながら、母の話に耳を傾ける。
「小鳥、しかも、愛媛県の開催よ。地元紙には、愛媛県初開催だって。話題のクレーの絵に、詩をつけて発表された、谷川俊太郎氏も、来松だって!サイン会があるみたいよ。」
ビックリして、一瞬息を飲み込む。
「母さん、ありがとう。必ず開催日には、行くよ‼」
私の大好きな詩人の谷川俊太郎さんの作品集はもとより、掲載している、クレー氏の絵本は、私の唯一無二の宝物だ。
将来、結婚する相手が現れたら、引き出物に加えたいくらいに大事な絵本である。
今は、彼氏だって、いないけれども。
そんなことを思い出しながら、長年の夢が、叶う瞬間に、私は、やってきたのだった。