「知ってる?学院にあるモナリザの絵画の前でキスしたカップルは、必ず破局するんだってね。」
小鳥は、苦虫を噛み砕いた様な表情で、沙羅の噂話を、聞き流した。
「そうそう、しかも、特別なネタを仕入れたのよ‼」
意気揚々といった明るい声のトーンで、沙羅は話を引きのばした。
「今度の学院新聞に、掲載したいの。小鳥だって、絶対気に入る特大スクープなんだから。」
少し薄暗いランプの灯りが、この青龍学院の渡り廊下に灯ったのを合図に、この話題を打ち切ろうと、私、中嶋小鳥は、重い腰を上げた。
「少林寺さん、お楽しみは、これからよ。このネタを発表するのは、明日の部外者立ち入り禁止の部会でお願い。楽しみが減ってしまうから。」
少林寺沙羅は、訝しく感じる隙間を与えられずに、ポカンとした様子だったが、パッと気づいたのか、半分ニヤニヤしながら、会話を終了して、改まった態度で短くこう言った。
「中嶋部長に、ホラーみたいな話題を出して、怒ってますか?すいません。少し配慮にかけていました。」
副部長それに加えて、大の親友から、失礼しました、と言われたなら、悪い気はしない。
「ごめんなさいね。苦手なだけよ、トラウマがあって。」
敢えて、怖い、とは言えなかった手前、頼りがいのある部長の面目は保っていられた気がする。
心の中でほっと胸を撫で下ろすと、私達は、職員室へと歩き出した。
帰り際、この薄暗い廊下の帰り道、ランプがついても、多少心構えのいる、美術棟の校舎は、本当に不気味だ。
加えて、部会の秘密会議のあった校舎は、職員室のある本来主軸となる校舎の、本館だ。
本館の七階、いわゆる屋上のある階に隣接しているのは、私達新聞部と、あまり活動していない気がする、文芸部だ。
本館の校舎三階の中に、美術棟があるので、必ず職員室に向かう前には通過しなくてはならない。
私達新聞部と、文芸部は、階段を降りて、角を曲がって、必ず美術棟を通過してから、部室の鍵を返却口に吊るすのが、部室を使用する部員達の掟となっている。
「失礼します。」先陣をきって、私は、ノックをすると、短く一礼して職員室に入室した。
後に、職員室に続いて入室した沙羅は、何か言いかけたが、急に口をつぐんだ。
「中嶋さん、少林寺さん、まだ下校してなかったのね。」雅やかなお香の薫り、白檀だろうか、草履を履いた、妙齢の女性職員、所謂名誉顧問の一色先生の声が、二人を見つけた瞬間、発せられた。
「一色先生、お忙しいところ、失礼します。部会が終わりましたので、帰らせて頂きます。お先に失礼します。」
「私も、帰宅します。お先に失礼します。明日も、宜しくお願いします。」
焦った様に、沙羅は私に続く様に、一礼して、挨拶をしている。
「夜道ですから、充分お気をつけて帰りなさい。レポートを明日の朝方、提出しておくように。明日の部会も、楽しみにしていますよ。お疲れ様。」
「はい。お疲れ様です。失礼しました。」
「失礼しました。」
きちんと挨拶をすると、職員室を後にする。
沙羅は、一色先生が、苦手なのか気になって、職員室を出た後に、聴いてみようと、私は、こっそり沙羅に耳打ちした。
「少林寺さんは、顧問の一色先生、苦手意識がまだ抜けないの?」
ビックリして、階段を踏み外しそうになった、沙羅の悲鳴を聞いて、反射的に振り返った。
「だ、大丈夫?怪我はない?」
「ありがとうございます。部長、大丈夫です。心配ないです。」毅然と明るい声を出す努力をするかのように、沙羅は、いつもより明るい声のトーンで健気に答えてくれた。表情が蒼白だったのは、気にかかったのだが、おくびにも出さず、歩き始める。
「良かった!気をつけてよ、明日の朝レポート頑張って仕上げなきゃね。また明日ね。」
小鳥は、校門へとゆっくりと歩き出した。