…何故だろう? その言葉に、胸が内部から締め付けられるような感覚を覚える自分がいた。

「あ、あの…どうして…?」

問いかける言葉も、何故かたどたどしくなってしまう。

「名前の前にいちいち『か』って入るの、面倒なんで」

それに対して、顔色一つ変えずに返してくる。

…カッコいい。恥ずかしいくらい、素直にそう思えた。

「…じゃ、じゃあ、そう呼ばせてもらう…ね?」

始業式のあの日とはまた違う恥じらいが、私の顔を、今度はほのかにピンク色の混じった赤に変えた。

「…一夜くん…」

言ってみると、意外なことに自然と言えた。…もしかしたら、本当は初めからこう呼びたかったのかもしれない…。

そして、一夜くんは私の目を見て、こう言った。

「じゃあ、俺も先生のこと『日向先生』って呼ばせてもらいますね」
「…えっ?」
「別にいいですよね? 先生も、俺のこと下の名前で呼ぶって言って下さったんですから」
「え、あ…う、うん…」

少々困惑しながらも、結局のところは首を縦に振ってしまった。

そうして改めて一夜くんの顔を見てみると、今までとは雰囲気が違うような気がした。

一緒にいると緊張しちゃうけど、でも、それを上回る安心感があった。

…これが、学生時代にしてこなかった「恋」の始まりであるということに、私は全く気づいていなかった。

単純に言えば、私が一夜くんを想うこの気持ちが、「好き」という感情であるということに…。