箱の側面のテープの貼ってある所に、十字型の傷がつけられていた。これは、お父さんが食料品を買った時に、爪でよくつけていたのと同じだった。

お父さんいわく、この傷は同僚から教えられたものらしい。当時は空き巣が全国的に増えており、悪質なケースでは食料品の中に盗聴器を仕込み、警察の動向をうかがうということもあったそうだ。

その被害を防止するためにつけられたのが、この傷。

テープの貼ってある所に傷をつけておけば、それが開けられたのかどうかが一目で分かる。もしテープを再利用された場合でも、テープの傷と箱の傷がずれているので分かる、というわけだ。

「…いや、まさかね…」

鴫城先輩がお父さんと、あるいはその同僚の方と知り合いだとしたら、なんてことを一瞬考えたが、それはないでしょ、とすぐに思い直した。

でももしそうだとしたら…世間って、本当に狭い。

「…よし、もう食べちゃおう!」

考えていたって、特に何かが見つかるわけでも、何かを得るわけでもない。箱を開け、裏に書いてある作り方を見ながら蕎麦をゆでる。待ち時間に箱を再び閉じてみると、確かに傷の位置がずれて、二つあるように見えた。

「いただきま~す」

つゆにつけて、蕎麦を喉に通す。箱に入るほどの高級蕎麦は、さすがと言わずにはいられない美味しさだった。

こうして、私の養護教員ライフが始まった。

…だけど、これから明らかになっていくめまぐるしいほどにこじれた人間関係の輪に私が入ってしまっていたことに、私は気づく由もなかった。

「美味し~…あっ! …も~、何でお椀がひっくり返るのよ…」

私はおっちょこちょいな面を全面に出しながら、これといった大事件もない平和な日常を過ごしていた…。