「…黙れ…」
「黙らない! …俺を捨てた奴が、親を語るなぁぁぁぁ!」

一夜くんの右手が、強く握られる。

…ダメ。そんなことしちゃいけない。

そう思ったのは、養護教員という命を扱う仕事をしていたからだろうか? もしそうじゃなければ、もしかしたら一夜くんが手を出すのを、私は黙って見ていたかもしれない。

「一夜くん、ダメ!」

飛んでくる一夜くんの拳骨を私が頬で受け止めたのが分かったのは、痛みを感じた後のことだった。倒れた私を見て、一夜くんは私の顔の傍にしゃがんだ。

「日向…!」
「もういいよ…一夜くん…」
「何でだよ…何で許せるんだよ!?」
「…許すわけじゃない。でも…人が傷つくの、見てられなくて」

バカみたいだった。こんな状況でもそんなことを考えるなんて、自分で言うのもどうかとは思うけど、バカまじめな養護教員だ。そう考えると、少し笑えた。

「…何やってんだよ、日向。優しすぎだろ。…まあ、そこが日向のいい所なんだけどな」

一夜くんは私の体を少し持ち上げ、そしてあの時みたいにもう一度、唇を重ね合わせてくれた。どこか甘えたような息遣いだった。私は一夜くんに、唇を通してできる限りの愛情を注いだ。

「…天保さん」
「…何だ…?」
「見たでしょ? 今の一夜の、本当の姿」
「ああ…」
「一夜は…摩耶からもらえなかった分の愛情を、日向ちゃんからもらってる。だから…一夜はもう、天保さんが見張ってなくても大丈夫。…二人のこと、許してあげてくれませんか、理事長?」

一夜くんの甘えた息は、少し落ち着きを取り戻した。