何かが割れた次は胸騒ぎを感じたのだが、それがこの時だった。

「その同期が私を差し置いて昇格した時に、何かが吹っ切れた。…いや、吹っ切れたというよりは、同期の部下となるのが耐えられなかったのかもしれないが、その時に私は辞職した。そして、摩耶と出会った。摩耶は私の母校でもあったこの烏間高校の教師をしていてな、何とはなしに前を通りかかった時に、偶然出会った。

『何してるんですか、こんな所で?』
『いや、その…ここ、私の母校でして。近くまで来たので』
『…何かお悩みですか?』
『え?』
『人が懐かしさを感じたい時って、何か悩みがある時らしいんです』

…言いすぎかもしれないが、私には女神に見えた。職を失った所で、何の当てもなかった身だった。摩耶に話をすると、教師にならないかとすぐに勧めてくれた。そして…教師になり、摩耶と結婚した。摩耶は私に、職を譲ったわけだ」

そしてため息が一つ、今度ははっきりと実際の音として聞こえた。

「…そんな摩耶が死んだんだ。傷つかないわけがない。…あの時産まれたばかりの一夜に、私を超えるような傷ができただと?」
「…何で…何で分からないんだよ…」

鵜児くんの声は、時々裏返っていた。

「一夜は母親を失ったんだ! 母親を失うことは何よりも辛いことだって、何で分からないんだよ!?」
「母親を失った? 母親はいたはずだろう? まさかこの事情を話したわけではあるまいし、一夜にはきちんと母親が存在して…」
「一夜は気づいてたんだ! 自分はどこか違う、自分の母親は何か変だって…小さい頃から、ずっとそう思ってた…。だよな、一夜?」
「ああ」

一夜くんは私の頭を最後にもう一度撫でてから、理事長室に入った。そうして、一夜くんは初めて、父親と対面することとなった。