「…サンドバッグ? 殴ってなどいないが?」
「相変わらず頭が固いな…。だから僕も出て行ったんだよ」
「何だと? もう一度言ってみろ」
「母さんが死んで」

何も言わせまいとするかのように、鵜児くんは理事長の言葉に即座に続けた。

「一番傷ついたのは、誰?」
「…何を言っているんだ?」
「いいから答えてよ」

鵜児くんは理事長を試すような口ぶりだった。挑発に乗りたくないという気持ちはあっただろうけど、今の理事長には言葉を買う以外の方法がなかった。

「…私だ」
「はずれ」

その三文字は、かつてない重みを含んで、外に放たれた。

「一番傷ついたのは…一夜だ」
「…何を戯言を…一夜はあの時産まれたばかりだったんだ。傷つくも何も、まだ感情が発達していないだろう?」

隣で聞き耳を立てる一夜くんを見る。一夜くんはただ無言で、哀しんでいた。

「そんな一夜が傷つくわけがない。この私が最も悲しんで当然だろう?」
「…何で…」
「そんなことも分からないのか!? 私は摩耶を愛していた! 愛する者が死んだんだぞ!? それで悲しまない人間がどこにいるんだ!?」

理事長が怒鳴る途中で、何かが割れる音がした。それが実際の音だったのか、それとも幻聴だったのかは今でも分からない。だけど、何かが割れた。

「…双生も知っているだろう? 私は摩耶に出会うまで、仕事一筋だった。同期の中でトップになろうと、恋など目もくれずに仕事に打ち込んだ。…しかし、同期の一人に抜かれた。それも、荷物の包み方だとかケータイの機種だとか、本当にどうでもいいような話もしていた、一番の友に抜かれた」