くるり、踵を返した。次の授業が始まった廊下は、再び静まり返る。教室の中の生徒や先生に気付かれないように移動しながら、早足で屋上を目指す。屋上に着くと、僕はさっきと同じ場所に上がった。


変わらずに蒼い空。けれど君は見つからなくて、僕はその場にごろんと寝転がってみる。そっと瞳を閉じれば、瞼の裏に映るのは君の背中。寂しげで儚げな君の背中が、脳裏から離れてくれない。


どこに行ったのだろうか、君は、どこにいるのだろうか。君の行く場所の検討がつかない。保健室で無いとなると、僕は君がどこにいるのかを知らない。だって、僕は君を知らないし、君も僕を知らないから。


知っているのは、君の名前だけ。それも下の名前しか知らなくて、漢字すら分からない。だけど、僕は知っている。君がここにいるということを、知っている。


それだけでいいのだ。それだけで、僕には十分なのだ。


これ以上のことは望まない。それ以上のことは望めない。だって、僕と君だから。僕は、このままが一番いいんだ。


チャイムが鳴る。気付かないうちに、大分時間が経っていたらしい。僕は立ち上がると、君を探すために屋上を出る。君と僕は同じ学年だったと思うけれど、分からないからクラスを全部回ることにする。


放課後になった校舎内は、部活をやっている生徒が多いからかとても静かだ。だから教室には誰もいないことが多くて、いたとしても日誌を残って書いている人くらい。それは大丈夫だろうと僕は考えて、教室を一つ一つ見ていく。


一つ目。君は、見つからない。二つ目。ここにも、君はいない。三つ目、四つ目。君は、どこにもいない。五つ目、六つ目、七つ目。残りはあと、一つだけ。


最後のクラスへ入った。君を探してみる。机の上にある花瓶と、それに挿した花を見つけた、と。




「チカ、……千花」




見つけた、やっと。君を、君の名前を。


上から、君の名前をなぞる。ちか、と小さく呟いて、何度も君の名前を呼ぶ。花が置いてあるのは君の席だということに気付いた――その時。


「ひろ、くん」