「でも怪我をした僕はその夢を叶える事が出来なくなりました」

「っ……」


今にも泣きそうな顔。
先生は本気で水泳が好きだったんだ。
痛いくらいに伝わってくる“想い”に胸が締め付けられる。


「水泳は……僕の全てでした。
必死でリハビリをしたお蔭で足は治りました。
でも……僕は以前の様には泳げなくなってしまった」


先生が抱えている“心の傷”は私の物なんかより。
ずっと辛いものだった。


「目の前が真っ暗になりました。
もう……何をしていいかも分からない。
“死にたい”そう思った事も何度もあります」


私の頬にあてられた先生の手は小刻みに震えていた。


「でも僕は……水泳を捨てる事が出来なかったんです」

「……」


そう言った先生は優しく微笑むと震えた手で私の頬を撫で続けた。


「大好きな物を簡単に捨てるなんて出来ません」


その言葉は先生自身にも私にも向けられている気がした。


「“選手”としては
駄目になっちゃいましたけど僕は新たな夢を見つけました」

「……新たな夢?」


私が言えば先生は優しい笑顔で頷いた。


「はい。
指導者として教え子をオリンピック選手にする事です」

「指導者……」


先生は傷ついてもなお。
水泳と向き合い続けてるんだ。
逃げている私とは違う。
凄く格好良い。
感動をしていれば先生の真剣な目が私を貫いた。


「だから……僕に協力をしてくれませんか?」

「え……?」

「僕はキミの泳ぎが好きだ。
だからもう1度……泳いで欲しい。
……僕の為に」

「先生の為に……?」


それってもしかして。
ひとつの事が頭に浮かぶ。


「キミが僕の夢を叶えてくれませんか?」

「……私にオリンピック選手になれと……?」

「はい」


爽やかな笑顔でしかもサラッと何を言っているのだろうか。
想像通り過ぎて素直に驚けないけど。