「まだ真希が中学生の時。
三井先生がコーチになって女子部員が大会に出られなくなってからの何度目かの大会の日だったわ。
貴方は大会には出られないけれど見に行って、私も真希が心配だったから一緒に行ってたの」


お母さんの言葉にその時の事を思い浮かべる。

あの時は試合に出られなくて、悔しくて、哀しくて。
でも、三井先生に分かってもらいたくて1人で必死に戦っていた。
実力もない男子が試合に出られて、私や女子部員が出られないなんておかしい。
目の前で泳ぐ男子部員たちをフェンス越しに見ながら泣く事もあった。


「気が付くと真希は何処かへ行っていて。
心配になって探しに行けば先生の背中オンブされてたわ。
その時の真希ったら安心しきった顔で寝てたわよ?」

「オンブって……しかも寝るとか失礼だ……」


一気に恥ずかしくなって頭を抱えようとした時。
スッと頭の中に映像が流れ始めた。

フェンス越しに見えるプール。
1人で泣き続ける私。
そんな私の頭を撫でてくれる男の人。


「あっ……」

「思い出した?」

「あの時の……お兄さん……?」


1人で声を押し殺して泣いていた時、そっと私の隣に立って励ましてくれた人。
初対面だというのに、その人の柔らかい笑顔に私は弱音を吐いたんだ。
もう駄目かもしれない、心が折れそうだ、と。
そんな私に『大丈夫ですよ』と魔法の言葉を掛けてくれた。
何で、何で忘れていたの?
こんなに大切な事を。
私の、大事な、大事な初恋の思い出を。
名前も知らなかったけれど今思えば私はあのお兄さんに恋をしていたんだ。


「……そう。それが先生だったの。
その後に三井先生との事があって……真希はその記憶を勝手に消してしまったのかもしれないわね」

「……ははっ……。
消す所間違ってるし……」


よりにもよって先生との思い出を消さなくてもよかったのに。
過去の自分に文句を言いながらそっと笑った。

先生は昔も今もずっと私を助けてくれていた。
先生のお蔭で私は水泳を辞めずに済んだ。
今もこうして泳ぎ続けている。
何度も道を踏み外したけれど、先生が直接的に、間接的に。
私を支え続けてきてくれたんだ。