「スパイってなんだよ、今日からここの教師だっつーの」


可笑しそうに笑う彼に見惚れていたが直ぐに『は?』と声が漏れてしまう。
だって今、とんでもない事をサラッと言った様な……。
そう思い三井先生に苦笑いを返す。


「えっと……ここの教師って聞こえたんですけど」

「ああ。言ったけど」

「……は!?」


三井先生はどうしてそんなに冷静なのか。
こんなにとんでもない事を言い出しておいて。
1人で焦っていれば三井先生がいきなり地面を蹴って飛び上がった。
その光景を見ながら唖然としていれば、バシャンと激しい音が響き渡り水飛沫が私へと降りかかってきた。


「んっーあったけぇなー」

「温泉じゃないんですから浸からないで下さい」


聞きたい事はいっぱいあるのに能天気な三井先生を見ていると何も言えなくなってしまう。
三井先生の訳の分からない言動に混乱をしていれば彼は私を見てフッと頬を緩めた。


「こうしてお前とまたプールにいるなんて考えられないな」

「……そうですね」


三井先生とは仲直りはしたけれど、色々あった事を考えれば普通は想像も出来ない事だと思う。
2人で黙り込んでお互いを見つめていた。
多分、私たちの間にあった事を思い出しているんだと思う。
中学時代のあの時の事を。


「お前は苦しむ事が趣味なのか?」


三井先生は私が今どんな想いをしているのかを分かっているみたいだ。
彼の表情や言葉で理解をした私はワザとおどける様に言葉を放った。


「1つは三井先生のせいですけどね?」

「ああ、分かってるよ」


バツが悪そうな顔をしながらも彼は笑っていた。
私が怒っていないという事が分かっているからだ。
いつまでも引きずられるのも嫌だし、もう終わった話だからこれくらいの距離感がちょうどいい。


「そう言えば平井くんたち元気ですか?」

「それは嫌味か?」

「え?」

「平井は高岡に、赤星はお前に。
選抜で負けてから更に熱が入っていて暑苦しい」


選抜の大会には高岡くんも、赤星くんたちも出ていた。
私と高岡くんが1位で彼らは2位という好成績で終わったのだが……。


「別にそんなつもりじゃ……」

「分かってるよ」


今度は三井先生が意地悪な笑みを浮かべる番だった。
さっきの仕返しだと言わんばかりの笑みに私もクスッと笑みを返す。