「いい加減にしなさい」


バチンと乾いた音が響き渡り私の左頬に鈍い痛みが走った。
声も出せないくらい私は驚いていた。
自分の頬を手で押さえながらお母さんを見上げる。


「あなたの“大丈夫”はもう聞き飽きたわ。
そうやってずっと1人で悲劇のヒロインを演じていなさい!」

「お母さん……」

「お父さんもお母さんも、水泳部の皆だって。
あなたの事を本当に心配しているの。
そんな事も分からない様な人に誰かの夢を背負う資格なんて無いわ」


お母さんの言う事は尤もだった。
皆が心配をしてくれている事なんて分かっている。
分かっているけれど。


「っ……!!」


馬鹿な私はそれを受け入れられないんだ。
スポーツバッグを担ぎ家を飛び出した。


「真希!!」


後ろからお母さんの叫び声が聞こえたけれど、振り返る事はしなかった。

ジンジンと痛む左頬。
初めてお母さんに叩かれた。
大らかで明るいお母さんはあまり怒った事はなかった。
今日初めて、あんなに怒ったお母さんを見て、本気で私の事を想ってくれているんだって実感した。

走っていた足を止めてゆっくりと振り返るけれどもう家は見えなくて。
今すぐ帰って謝りたいって、心の隙間で思ったが、迫りくる時間に私は頭を横に振った。
集合時間に間に合わなくなってしまう。


「……」


グッと奥歯を噛みしめて体の向きを変える。
ずっと遠くにある家に背を向けて走り出す。
私が今やるべき事は泳ぐ事だけだ。
それしかない、それしか。
自分に言い聞かせながらモヤモヤとする心を振り払う。