11月下旬から12月の頭にかけての2週間。
選抜候補の合宿が開催される。
それが今日からだった。
合宿中は学校は公欠扱いになるらしい。
まあ、どうでもいいが。
そう思いながら大きめのボストンバッグと、スポーツバッグを持って家から出ようとする。


「行ってきます」

「真希!!」

「……お母さん?」


玄関の扉を開けようとすれば慌てた様にお母さんが駆け寄ってくる。
その隣にはお父さんも立っていた。
でも、見送りにしては随分と厳しめな顔をしている。
その理由は大体は分かってはいた。


「あなた本当に合宿に行くの?」

「当たり前じゃん」


間髪なく答えればお母さんは哀しそうに眉を顰めた。
今にも泣きそうなその顔。
別に寂しいとか、そんな理由ではないだろう。
だって、その顔は哀しさもあるが、半分は怒りも入っているのだから。


「前までの真希なら別に止めたりはしないわ。
むしろ、両手を振って送り出していた……どうしてか分かる?」

「……」


答えは分かっていた。
でも、それを口にするのは嫌で黙ったまま首を横に振った。
そんな私を見てお母さんは声を荒げる。


「前までの真希は心から水泳が大好きだったからよ!!
今のあなたは少しもそんな風には見えない。
凄く辛そうで、放って置けないのよ!!」


お母さんは泣きじゃくりながら私の持っていたスポーツバッグを掴んできた。
力いっぱいに引っ張りながら私からそれを奪おうとしている。


「真希!先生がいなくなってからあなたは変わったわ!!
笑顔だって見せなくなったし、部活後にもジムで夜遅くまで泳いで。
明らかに無理をし過ぎよ」


お母さんたちには先生が学校を辞めてしまった事を伝えていた。
その理由も。
でもお母さんもお父さんも私を責めなかった。
辛かったなって、慰めてくれた。
でも私はそれを素直に受け止められなくて。
自分を責め続けてきた。

私のせいで先生を巻き込んで、苦しめて。
そんな私が先生の為に出来る事はやっぱり泳ぐ事しかないから。
先生と私を繋ぐものは、もう、夢しかないから。


“教え子をオリンピック選手にする”


その夢だけが私の生きる意味だから。
先生が残してくれたその使命を果たしたい。
それだけだから。