「あー疲れた……」

「情けない奴だな、これくらいでへばってるんじゃねぇよ!」

「痛っ」


思わず零れた本音に思い切り頭を叩かれた。
朝練を終えてプールがある建物から2人で出る。
相変わらず高岡くんは気合いが入っていて暑苦しい。
でもほんの少しだけ元気がないように見えた。


「どうしたの?」

「は?」

「……何かいつもと違うから」


私の言葉に高岡くんは大きく目を見開いた。
そして『ははっ』と力なく笑うとその場に立ち止まる。
空を仰ぐ彼の目は少し揺れていてどこか不安そうに見えた。


「普通にしていたつもりだったのによ。
……お前にはバレちまうんだな」


こっちを見る事なく彼は自分の胸の内を明かしていく。


「本当は少し不安なんだ。
選抜合宿は楽しみだけどよ……。
想像以上に周りの人たちが期待していてその期待に応えられるか不安なんだ」


こんなに弱々しい彼を見るのは初めてかもしれない。
いつも自信満々で強く見えるけど高岡くんだって普通の高校生なんだ。
そりゃあ不安にもなるよね。
本当なら慰めたり励ましたりするのが正しいかもしれない。
でも。


「らしくないんじゃない?」


私から出た言葉は彼を挑発する様な言葉だった。


「結局その程度なの?
高岡くんの水泳への気持ちって」

「そんな訳ねぇだろ!?」

「……だったらいつもみたいに馬鹿みたいに笑ってなよ。
高岡くんが誰よりも水泳と向き合っている事は私が1番よく知ってる。
周りのプレッシャー何か関係ないじゃん。
大好きな泳ぎを楽しく泳げばそれでいいんだよ」


優しい言葉なんて私には掛けられない。
でも誰よりもあなたを信じている。


「……不思議だな」

「……高岡くん?」


彼の方に視線を向ければ高岡くんは穏やかな笑みで私を見ていた。
その笑顔の理由は分からない。
だけど何かが吹っ切れたみたいだ。


「お前の言葉はいつだって素直に受け取れる。
お前の笑顔はいつだって俺の背中を押してくれる」

「そんな……私は……」

「お前にそんなつもりはなくても俺は助けられているんだ。
だからありがとな……」


お礼を言われる事はしていない。
私の方がいつも高岡くんに助けられている。
だから。
何も答えずに腕を前に突き出した。
握りしめた拳を見つめながらフッと頬を緩めて高岡くんを見る。


「お礼はいらない。
だから一緒に頑張ろう!!」

「高瀬……」


私たちが交わすのは感謝の言葉ではなくて誓いでありたい。
拳と拳をぶつけて2人で沢山の壁を乗り越えてきた。
だからこれからもずっと。
高岡くんは私にとって最高のライバルだ。


「2人で成長していこう。どこまでも」


私たちが水泳から足を洗う時には何の未練も残さない様に。
今を精一杯生きて泳いでいきたい。
高岡くんと一緒に。


「……ああ!」


ぶつかった拳がまた私たちの未来を築き上げていく。
キラキラと輝く彼の笑顔と共に。